第27話 今のミキ
僕は、脇目もふらずダッシュをし続けた。每日の鬼ごっこのおかげで、なんとか走りきれそうだ。
そういえば、幼稚園で最近女の子たちから熱い視線をいただいている。目立って何かが出来るということは、モテるということにどうやらつながるらしい。タクヤであるときにも気がついていたら、もっと努力して生きたのにな。
でも、ミキは…。ミキは僕に何かが出来ることで僕を好きになってくれたわけではなかった。僕が力なく絶望している時にこそ、僕を助け、交際を申し込んでくれたんだ。君の代わりは、どこにもいないんだ。
ーやっと教会についた。
「はあはあ」声がでない。4歳の体を少し酷使しすぎたか。
しばらくすると、「カズヤー」とかすかに声が聞こえてきた。気のせいかもしれない。
「カズヤ―」「カズヤ―」
声は少しずつだけれども、大きくなってきている。
メグミが近づいてきている。ヤバイ。
「ピンポーン」僕は、インターフォンを押した。ー誰も出てこない。
「ピンポーン」「ピンポーン」
ー何度押しても、誰も出てこない。おばあさん、いったいこの約束の日にどこに行ってしまったんだ?
メグミの声が近づいている。
「おばあさん、ごめん」
僕は、門の中に入り、ドアノブに手をかけた。ドアは開いた。
中に入ると、玄関には靴がぱっと見ただけでも20足以上あった。ほとんどが女性物のパンプスだった。
会堂のほうでは静かだけれども、ザワザワする声がする。僕はそちらに向かった。
ここにいると、インターフォンの音が聞こえないのかもしれない。
「あら、かわいいお客様ね。こんにちは」
白髪交じりでショートカットの元気なおばさんが僕に声をかけた。
「あらあら、本当ね」ワサワサと5人ぐらいのおばあさんたちに囲まれた。
「もうすぐ礼拝が始まるから、お母さんのところに行きなさい」
ーそうか、5年前も元旦礼拝って言っていたな。
「あ、お母さんが牧師さんどこにいますかって言っていたんだけれど」
とっさに思いついた嘘がこぼれた。ここは教会なのに。
「ああ、先生ならさっき、キッチンで見かけたわ」
「ありがとうございます」
僕はキッチンに向かった。5年ぶりに来たとは思えないほどに何も変わっていなかった。この5年間で色々なことが変化していった。もしかしたら、変わらないということのほうが実は難しいのかもしれない。
おばあさんは、台所にいた。
でも料理はせず、作業台の上で目をつぶって手を組んでいた。
「おばあさん、久しぶり」と僕は声をかけて後悔をした。
「え、君は誰?」
ーそうだよ、僕はもうタクヤじゃない。はじめましてって言わなきゃいけなかった。
「すみません、初めまして!
あの5年前に兄がお世話になりました。タクヤの弟のカズヤです」
「あ、あー! おぼえてるおぼえてる」
おばあさんは、微笑んで僕に近づいてギュッと抱きしめた。
「今日は、兄の約束を果たしに来ました」
「…そうか」
おばあさんは少しだけ悲しい目をした。
「たしか、お兄さんはあのあとすぐに事故で亡くなったんだってね」
「え、なんで知っているんですか?」
「手紙が来ていたんだよ。年賀はがきの中に入っていた」
おばあさんは、ポケットから手紙を取り出した。
そこには、「岩井ミキ」と名前が書かれていた。
「お兄さんの他にもう一人来るはずだった子だよ」
「あ…」
僕は足に力が抜けてへたへたと倒れこんだ。
ーということは、ミキはもうここには来ない。
唯一の希望がその瞬間絶たれてしまった。
ネズミ人形が僕の手を強く握った。
ー神様、そのことも知っていたんだ…
知っていたのになぜ何も言ってくれなかったの?
もう帰ろう。僕は深く頭を下げ、おばあさんに背中を向けた。
「手紙、読まなくてもいいのかい?タクヤくんの代わりに来たのなら、知っておいたほうがよくないかい?」
おばあさんの言うとおりだ。
「じゃあ、お願いします」僕は、目を閉じた。
『おばあさん、お元気ですか? 実は、おばあさんの教会で助けてもらってからすぐに、タクヤくんは車の事故で死んでしまいました。まだ犯人はつかまっていません。
私もその1週間後にお腹を刺されました。その犯人もまだつかまっていません。そのあと、父の会社が倒産をして、夜逃げ同然で引越しをしました。そのため、高校も卒業できませんでした。本当にこの5年間辛いことばかりでした。
でも、大学検定試験に合格できたので、働きながら通信制の大学に行っています。私のこれらの経験がきっと活かされると信じて頑張ります。
おばあさんも、お体に気をつけて。またお会いできますように』
「おばあさん、ありがとう」僕は涙でいっぱいになった。
会えなくて悲しかったけれど、ミキがいまどんな生活を送っているのかが少しわかった。
「先生、そろそろ礼拝が始まります」
とさきほどのおばさんがおばあさんを呼びに来た。
「おばあさん、またね」僕は手をふった。
そして、おばあさんは思わぬ一言を言った。
「タクヤくん、生きていればね、生きていればいつか会えるんだよ」
「え」
おばあさんは、僕の目を見てはっきりと「タクヤ」と言ったのだ。
僕は涙をぬぐい、言った。
「おばあさん、僕はカズヤですよ」
「ああ、そうだったね、カズヤくん」
そう、にっこり笑って、会堂へと消えていった。
玄関の靴は倍ぐらいに増えていた。今度は子どもの靴も、男の人の靴もあった。
靴の分だけ色々な人生がある。玄関でそんな思いにはせった。
自分の靴を履き、ドアを開けた。
すると、メグミが立っていた。運動靴を履いていた。
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