第26話 再会の日

1998年元旦。この日をどれほどまでに待っていたか。4歳の僕がミキと出会えるチャンスはこの日しかない。


母がおせちを運んできた。

「お父さん、パソコンどけて!」

「ごめんごめん」と言って、パソコンをこたつからどけて、書斎に持って行った。

「もう! 遊んでばっかりなんだから」

去年のクリスマスに買ったパソコンの中にあるソリティアというゲームを父は朝から晩まで1日じゅうやっている。


「ゲームやめなさい、ゲームやめなさい」

九官鳥のタクヤが鳥かごの中から鳴いた。どうせ、メグミが覚えさせたのだろう。


メグミは、紅白が終わった後すぐに「これから友達とカウントダウンに行く」と言って出て行ったきり、まだ家に帰ってきていない。


こたつに座ろうとしたら、音がした。


ピピーピピーピピー。メグミがまたこたつの上にほったらかしている。

おなかがすいていると、訴えかけてくるのだ。糞も掃除しなければいけない。

なかなか愛着がわくように出来たおもちゃだ。しかしメグミには通用しないらしい。

ほとんど僕がお世話をしている。


「あけましておめでとうございます。いただきます」3人で手を合わせた。


おせちを食べながら外の音に意識を集中した。郵便配達の音が、決戦のファンファーレだ。


「さあ、駅伝でも見るか」と父がリモコンでテレビをつけた。その時、「ブーン」という音がした。

ーまだ遠い。早く来い!


だんだんその音が近づいてきた。少しずつ少しずつ、

ついに…

「ブーン、ガチャガチャガチャ」

ー来た!


郵便受けにハガキが入れられる音が聞こえた。

「お母さん、年賀状来たよ!」

僕は、ネズミ人形をグルグルと振り回しながら、精一杯はしゃいでみせた。年賀状なんて本当はどうだっていい。


母は、台所で洗い物をしていた。

「カズヤ、お母さん手が濡れているから取りに行ってくれる?」

ーよし来た!


父は、いつのまにか、こたつにパソコンを持ってきて一生懸命ゲームをしている。

2年間待ちに待ったこの計画は幸先の良いスタートになった。


僕は、玄関で靴紐をギュッとしめた。

右手にネズミ人形を持って立ち上がった。


ー行くぞ!

と、ダッシュして門を出ようとした時、目の前にメグミがいた。


焦げ茶色の髪にウェーブがかかったロングヘアに、ブラックのレザーコートにミニスカート姿。いかにも気合の入った安室奈美恵のような出で立ちだった。


そして、メグミは年賀状を手に持っていた。

ーああ、僕の計画が…。目の前が真っ暗になった。


「あんた、どこ行くの?」

ー年賀状を取りに行ったなんて言えない。言ったら最後、家に戻される。


「えっとね、おみくじを引きに行くの」

「は? あんた一人で?」

「あ、えっと…」

ー精一杯の嘘だった。でもどうやら不発だ。


そのとき、足元を見た。厚底ブーツだ。

「ごめん、お姉ちゃん!」

僕はダッシュした。メグミは追いかけてきた。でも、厚底ブーツじゃスピードが出ない。

「カズヤ、待ちなさい、コラ〜!」メグミは走るのをやめていた。

だんだん、メグミは小さくなっていった。

4歳の僕はなんとか、メグミを振りきることに成功をしたのだ!


しかし、僕が飛び出したのがバレるのも時間の問題だ。

早く、早く教会にたどり着かなければ…!


ネズミ人形の手を右手でにぎりしめながら、風を切るように僕は全力で走り続けた。






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