第12話 5年後の祈り

1992年1月1日。僕たちは、教会で朝を迎えた。お味噌汁のいい香りが僕の鼻をくすぐった。

トントンと、扉をたたく音がする。

「タクヤ、朝ごはん出来たよ」ミキの声だ。

「わかった。いま行く」


生まれて初めて迎えるミキとの朝。まあ、おばあさんもいるし、ここは神聖な教会だし…それに僕たちはセックスをしたわけではない。

でも、それ以上のつながりをいま感じている。僕だけではありませんように。


台所では、給食で出てきそうな大きなおなべがグツグツしていた。

「今日はね、元旦礼拝が終わってからおもちを食べるのよ。あなたたちには、おすそ分けね」

といいながら、僕達にたっぷりとお雑煮をよそおってくれた。


「ああ、一人じゃない元旦の朝は久しぶりよ。おかずはないけど、許してね」

「いえいえ、もう十分です、おばあさん本当にありがとう」

ミキが頭を下げた。僕もつられて「ありがとうございます」と言った。


四角い黒の石油ストーブの上にやかんが乗っている。白い湯気がプシューッと出ている。

「あ、お茶を入れるのを忘れていたわね」

おばあさんは、やかんを持ってきて、温かい麦茶を入れてくれた。


「あなたたち、元旦礼拝も出る? 10時から始まるけど」

ー2時間後か。うーん。


「あ、私難しい話は苦手だからいい」ミキは遠慮なく言った。

「そう」おばあさんは、お茶をすすりながらしばらく考えていた。


「そうだわ」

何かを思い出したように、おばあさんはいったん部屋から出た。

そして、しばらくして戻ってきた時には、ボールペンと白い紙と風月堂の空き缶を持っていた。


「あなたたち、ここにね元旦のお祈りを書きなさい」

僕たちは、ノートをちぎったような紙を1枚ずつ渡された。


「なんですかこれ」

「神様に今年のお祈りをするのよ」

ーなんかめんどくさい。でも礼拝を断った手前、これも断るのはなんだか申し訳なかった。


僕たちは、ボールペンで

「一生ミキと一緒にいられますように」と願い事を書いた。


ミキはなんと書いているだろう。僕は、横目でミキの紙を見ようとした。

そのとき、風月堂の空き缶が目の前におかれた。

「見ちゃダメ」

空き缶のバリケードをつくられてしまった。ははは。


「書いたら紙を四つ折りにしてここの缶の中に入れなさい」

おばあさんの言われたとおり、僕たちは缶の中に願い事を書いた紙を入れた。


「来なさい」とおばあさんが歩き出した。

会堂と反対側に向かって歩いた先には、小さな扉があった。

そこの廊下をあけると、なんと地下に向かう階段があった。


「ひえー、階段がなんで隠れているんですか」

「タクヤくん、これはね。キリスト教が弾圧されていた戦時中、みんなで礼拝をするために作った地下室があるのよ。防空壕としても使われていたけどね」


ギシギシと音を立てながら、僕たちは歩いた。薄暗い中をおばあさんは一人で入っていき、傘をかぶった裸電球をつけてくれた。そこは4畳半ほどのスペースで、畳が敷いてあった。


「あなたたち、ここに空き缶をおいておくから、5年後取りに来なさい。あなたたちがどんな状況になっていたとしても。そして今日祈ったことを思い出しなさい」


おばあさんがなんのために、そんなことをしたのかよくわからない。でも、僕たちは、素直に従って、空き缶をそうっとおいて、その部屋をあとにした。





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