第19話 1周忌
1992年12月28日、無事に退院した。その日はめずらしく雲一つないあたたかな日だった。
車の中から虹が2本も見えた。
「わー、きれい!」母と妹、いや姉のメグミがはしゃいでいる。
ネズミが「僕からの贈り物だよ」と微笑んで言った。粋なプレゼントだ。嬉しい。
父が車から僕をおろしてくれた。「今日から、ここが君の家だよ」
赤い屋根に白い壁の普通の家。だけど僕にとっては特別な家だ。
ドアには、小学校の時に図画工作で作った「ようこそ」と書かれたウェルカムボードが飾られている。まちがいなく、僕の家だ。
駆け上がりたい。でも今の僕は歩けない。父の腕に抱かれて、玄関をあがった。
「ただいま」と叫びたい。でも叫べない。
リビングには、見覚えのない写真が飾られていた。よく見ると僕だった。
「あれはね、タクヤ兄ちゃんだよ。今は天国にいてみんなのこと見守っているんだよ」
ーいや、違うよ。タクヤは天国にいないよ、ここにいるんだ。
僕はとても悲しい気持ちになった。生まれ変われるって聞いた時、あんなに嬉しかったのに。みんなからみると、僕が死んでいることが辛い。
「ちがうよ、カズヤはね、タクヤの生まれ変わりなんだよー」
ドキーン! なんでメグミ知っているんだよ。
「コラ。そんなこと言ったらダメだぞ」と父が小さなげんこつをポンとメグミの頭にあてた。
「カズヤは、カズヤだ。タクヤの代わりなんて思うなよ」
ーお父さん、ありがとう。本当に僕のお父さんは優しい。でも、僕はタクヤなんだよ。タクヤの代わりでいいんだよ。生まれ変わりなんだから。
「そうだ、お母さん。そろそろ1周忌の準備をしないといけないね」
「そうね」母の目から涙が落ちてきた。
「私があのとき、『行きなさい』なんて言わなければ、あの子は…」
僕は、父のひざから母のひざに移動をした。
「あら、慰めに来てくれたの?」母は、僕をのぞきこんだ。
ーそうだよ、お母さん。必死で目で訴えた。本当は言葉で伝えたいんだけど、出来ない。僕は、バブバブバブバブと歌い、踊った。手足が全然思うように動かないけれど。
「お母さん、もう自分を責めてはいけないよ」とお父さんがお母さんの肩の上に手を置いた。
成人の日の1月15日に僕の1周忌は行われることになった。
玄関にはあふれんばかりの靴が並んだ。それをメグミが一生懸命整頓している。
今日は、ネズミは僕のベッドで眠っている。
リビングには、かつてのクラスメイトが10名ぐらい来ていた。1年前とはちがい、みんなそれぞれの制服を着ている。もう彼らは中学生ではない。時が経ったのだ。
「わー久しぶり!」「元気してた?」なんて、ちょっとした同窓会のようになってワイワイしている。女の子たちはとても綺麗になっている気がする。僕の時間を通りすぎていく。これからもずっと。そして、しだいに忘れられていくんだ。
母の膝の上で悲しくなって、ギャーと泣いた。母は優しく抱きかかえながら玄関へ移動した。
「カズヤくん、よしよし〜」とあやしてくれる。今は一人でいたくない。時に赤ん坊でいることは便利だ。感情をそのままぶつけても、必ず受け止めてもらえるから。
言葉が通じないことで心が通じるのだ。でも、だんだん生きていると言葉が通じることで心が通じなくなっていくこともある。人間とはなんだろう。
突然、ピンポンとチャイムがなった。
「どなた?」と母がインターフォン越しの答えた。
「ご無沙汰しております」という声が聞こえてきた。
ーこの声は!
「ミキちゃん?」「はい」
ああ、ミキが来てくれた。嬉しい!僕はバブー!と大きな声で言った。
そして母が扉をあけた。
その瞬間、母も僕も石柱のようになってしまった。
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