第17話 命名

翌日、メグミがやってきた。1年経っただけなのに少し髪が伸びて、大人っぽくなっていた。


「わー、かっわいい!」

そう言って母の隣で寝転んでいる僕に頬ずりをした。いい香りがする…。

い、いかん妹に何言ってんだ僕は。


「お姉ちゃんでチュよ~。よろしくね」

ーあ、そうかメグミは僕の妹じゃなくて姉になるのか。なんだか複雑な気分…。


「お母さん、着替えとか色々持ってきたから」

「メグミ、ありがとうね。助かるわ」

そういって母はヨイショと起き上がって、ボストンバッグを受け取った。

中を開くと、タオルやら下着やらも整然と入れてある。意外だ、メグミがこんなことできるなんて。


ずっとがさつなやつだと思っていたけど、女の子らしいところがあったんだな。死んでからわかることもあるなぁ。


「あれ、これなに?」

母がカバンの奥から何かをとりだした。タオルが丸まっているものが出てきた。

「あ、これね。実はね…赤ちゃんへのプレゼントなの?」


よく見ると、ネズミのようなカタチをしたへんてこりんな物体だ。

「お兄ちゃんの使っていたタオルでぬいぐるみを作ってみたの」

ーいらねー・・・。


「赤ちゃん、これお兄ちゃんのタオルだよ。お兄ちゃんと一緒に遊んであげてね」

ーお、俺がお兄ちゃんだから。やめろ!そのタオル、なんか臭うし!!

「おぎゃー!」

もう泣いて拒否することにしてみた。


「あら、もうお腹がすいたのかしら。オッパイかな?」

母が胸をぺろんと出した。ちがうー!そのくさいタオルの物体をどけて欲しいんだ!

しゃべりたいけど、いましゃべったらホラーだから、泣くしか僕には手段がない。


どさくさにまぎれて、タオルの物体を手で落とした。ふたりとも気づいていない。


「はい、たくさん飲みなさい〜」

ー昨日から思っていたけど、母乳って味がうすいんだよな。早くハンバーグとか食いてぇ。


「お母さん、赤ちゃんの名前どうするの?」メグミが嬉しそうに聞いた。

そうだ、吾輩は赤子である。名前はまだない。


「実はね、もう決めてあるの。お父さんからも『お母さんの好きな名前でいいよ』ってオッケーもらったし」

「へぇ。相変わらずラブラブだねぇ」と言いながらメグミがベッドのお母さんの肩を軽くつついた。


「命名! ダカダカダカダカ」スネアを叩くまねをする母。

「シャーン」シンバルをならすメグミ。ああ、この感じ、この感じがいい。


「ゲンザブロウ!」「嘘でしょ」

嘘だろ!僕はいっそう大きな声で泣いた。


「ほら、赤ちゃんまで泣いてるじゃん」

「フフフ、ほんとね」

本当だよ、泣けるよ。そんな名前つけたら一生恨んでやる。僕はせいいっぱいの目で母を睨んだ。


「カズヤにする」

「あ、なんかカッコいいじゃん。なんでカズヤなの?」

「お母さんね…タッチが好きだから」


そういえば、お母さんってタッチの時間に間に合うように必死で家事をしていたな。いつも台所にいるお母さんがあの時間だけずっとソファでテレビにかじりついていたなぁ。


「ねえ、言いにくいことを言っていい?」メグミが真剣な顔になっている。

「なんでさ、タツヤじゃないと、カズヤなの」

「だって、タツヤにしたら、タクヤと紛らわしいでしょう」

ーたしかに。でも、僕はもともとタクヤなのでタツヤのほうが耳ざわりがいい。


「でもさ、カズヤってさ…死んじゃうほうじゃん!」

おあ! ホントだ。いま気がついたぞ。お母さん縁起でもないわ。


お母さんは少しだまった。そして言った。

「そんなこと言い出したら世の中のカズヤはどうなるのよ」

「それもそっか」


というわけで、僕はタッチの死んだほうのカズヤという名前になった。

吾輩の名は、カズヤである。


「カズヤ、タクヤの分まで生きるのよ」

メグミが、僕の頭をなでた。気持ちいい。文字通り頑張るよ。僕はタクヤの人生の分まで生きてみせるよ。


「夕飯の準備をしなきゃいけないから、もうそろそろ帰るね」

「あ、メグミ。ミキちゃんは大丈夫?」

ーミキ! そうだ、ミキ。ミキはどうしているんだ。僕はそのために生まれ変わったんだ。


「ミキちゃん、なんとか歩けるようになったみたいだよ。高校も受験できるみたい」

「よかった。一時はどうなるかと思ったもんね」


え、どういうことだ? 1992年12月だぞ。ミキは高校1年生のはずだ。これから受験なわけはない。


「本当に命だけは助かってよかった。命があればなんとかなるわよ」

母は、嬉しそうに言った。

でも、僕は不安になって、おぎゃーと泣いた。


母が「あら、カズヤ。大丈夫よ。泣かないで」と優しく抱きしめた。

やわらかなぬくもりの中で、僕はまた深い眠気におそわれた。

















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