第16話 生きるか死ぬか
ーどれぐらい眠っていたのだろう。僕は静かに目を開けた。
ゴオオオという音が聞こえてくる。薄暗い優しい闇に包まれている。
「ギョエ」首になにかが絡まっている。
く、苦しい! だれか助けて!!! 僕は壁を一生懸命たたいた。
「こらこら、そんなにしたらお母さんが死んでしまうわ」
「あ、そうだ」
ここは、お母さんのお腹の中だ。そして僕はへその緒に首をしめられている。
「タクヤくん、今なら遅くないぞ」
「な、何がだよ。苦しい・・・」
「天国に戻って、永遠に楽しい生活をしようじゃないか。FOCUSで彼女のスキャンダル写真見たり、コンドーム買ってダンプカーに轢かれたりなどの災難はないぞ」
「そ、それを言うな・・・ぐえ」
だんだん意識が遠のいてきた。
「生まれ変わったって、君と彼女の歳の差は16歳だ。君が結婚適齢期になるころには、彼女の年齢は40歳を超えている。それに、彼女は君を裏切ったかもしれないんだぞ。本当は君のことをただ弄んでいるだけかもしれない。それなのに、生まれ変わってなんの意味がある?」
「意味って…」
そのとき、外から声が聞こえてきた。
「お母さん、がんばれ、がんばれ」ーお父さんの声だ。
「お父さん、うるさい! 痛い痛い!」ーあ、お母さんの声もする。
ああ、お母さんは44歳で僕を生むことを決めたんだ。僕のためにいまこんなに苦しい思いをしている。また僕が死んだら2回も息子と別れることになるんだ。
そのとき、母の言葉を思い出した。
「あんたもラストチャンスよ」
そうだ。僕はミキと話をするというラストチャンスをまだ全うしていない。
「神様、やっぱり僕は生きるよ」
「そうか」
神様は少し一呼吸をした。
「前世の記憶は残してあげるけど、誰かに話したら記憶が消えるのだけは忘れないでね。じゃあ、生まれてあげてね、バイバーイ」
「え」
ーちょっと待てよ! これどうやって生まれたらいいんだよ!
「お母さん!」お父さんの声が再びする。
「子どもは死んでもいいから、お前は生きろ!」
ーお父さん、何を言ってくれてるんだ…
僕は目を閉じて保健体育の授業を一生懸命思い出していた。
確か、赤ちゃんは体をぐるぐる回転させながら生まれるって言っていたような…。
そうして少し体をひねったとき、へその緒がさらにきつく絡みついた。
うわわわ、回れない。よって、生まれない。だめじゃん!
と思っていたら、急に光がさしてきた。
そして、何かが僕をつかんだ。にゅるにゅるっとする。
「生まれましたよ!」
お医者さんがゴム手袋で僕をもちあげ、母の横においた。
父もお医者さんと同じような格好をしている。母の手をずっとつないでいたようだ。
「生まれてきてくれてありがとう」母が僕の目を見て優しく微笑んだ。
44歳にしてお腹を切ってまでして、僕を産んでくれるなんて。
僕は嬉しくて「おぎゃーおぎゃー!」と泣いた。
「元気な赤ちゃんで良かった」と母が僕にチュッとくちづけをした。
1992年12月21日午前3時42分。ふたたび、僕は誕生した。
しかし、喜びもつかの間、僕が生まれ変わるまでの約1年の間に、ミキはとんでもないことになっていたのだった。
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