第14話 黒電話


もと来た道の曲がり角を曲がり、10歩ぐらい歩いた後、僕は後ろを振り向いた。

ミキのマンションはもう見えない。わずかに喧騒だけが残っている。


「これだけのことなんだ」

僕とミキをつないでいた絆というのは、少し歩けば見失う程度のものだったということなのだろうか。


行きには全く目もくれなかったコンビニエンスストアを見た。ガラス越しに雑誌コーナーが見える。迷うことなく入っていった。


そして、週刊誌に目をやる。ありったけの週刊誌の表紙を見た。FOCUSに目が入った。さきほど耳にした「近藤俊彦」の名前が書いてあった。


「近藤俊彦、現役女子中学生モデルとセクシー密会キス」と見出しにあった。間違いない。読もうと思うんだけれども、手がかたまって動かない。怖い。

「えいや!」僕は思い切って、FOCUSを手に取り、パラパラとめくった。


すぐに、そのページは見つかった。


「こ、これは…」

ただのキス写真ではなかった。男性のほうは上半身裸で、ミキはキャミソールの下着姿だ。

そして、記事を読んだ。この写真は12月15日に撮られたものだと書かれていた。

ー僕と交際が始まってからじゃないか。


脱力しながら、元の位置に本を戻した。あとはどうやって帰ってきたのか記憶がない。


家に戻ると、妹が大騒ぎをしていた。

「お兄ちゃん、テレビにミキさんのマンションがうつっていて、それで…」

「知ってるよ」

ドサッとソファに腰をおろし、僕は両手で頭を抱えた。


「ミキさん、ひどすぎる!あんなひどい人とは思わなかった」

ーおそらく、テレビでも雑誌の写真が出ていたんだろうなぁ。


「お兄ちゃん、もうミキさんと別れたほうがいいよ。あー腹立つ!」

クッションをボンとソファーにたたきつけたあと、メグミは二階の自分の部屋にあがっていった。


僕は、しばらくソファーでボーっとしていた。

台所にいた母が、紅茶とみかんを運んできてくれた。


「とにかく、温まって落ち着きなさい」

「…うん」

いつもひょうきんで明るい母が、妙に冷静だった。


「あなた、ミキさんのことどう思ってるの?」

「僕は…ひどいと思う」

「そうなの?」


母は紅茶を口につけて一口飲んだ後、

「それなら、お母さんはあんたのほうがひどいと思うわ」

「えっ。何?」

僕はそれを本当に腹が立った。というかとても理不尽な気持ちになった。

ひどいことされているのは僕のほうじゃないか!


「あなた、あの写真についてミキさんに確かめたの?」

「確かめるも何も、写真は動かぬ証拠だし、テレビでもそう言ってる」

「ねぇ、テレビや雑誌がそうだって言ったら、それは本当だって決めつけていいの?」


ーうっ。確かにミキには何も確かめられていない。話も聞いていない。


「お母さんね、思うんだけど、あの子にはあの子なりの事情があるんじゃないかなって思うの。いくら中学生といっても芸能界という場所で一人前に働いているわけでしょう。私たちの想像がつかないようなことがあるんじゃないかなって。

 だから、直接お話をしたほうがいいと思うのよ」

「それはそうかもしれない。でも、いまどうやって話しをしたらいいって言うんだよ。岩井さんからも連絡をとらないでって言われているのに」

僕は、ミキにぶつけるべき苛立ちを母にぶつけた。


母は、リビングにある黒電話のダイヤルをジーコジーコと回し始めた。

「もしもし山本です、岩井さんのお宅ですかっ。あ、留守番電話だわ」

つながるわけなんかないのにバカだ。


「ミキちゃん、タクヤのおかあさんよ。あなたいまそこにいるんでしょ。タクヤをなんとか説得したから。もういまあなたお話をしないと、永遠にタクヤと絶交になるかもしれないけど、それでいいの? 嫌だったら電話に出なさい! ラストチャンスだからね」


しばらく沈黙があった。

「あ、ミキちゃん。よく出てくれたわね。いま電話大丈夫なの?」

母強し!ミキと奇跡的に電話がつながった。


「タクヤ、電話に出なさい。あんたもラストチャンスよ」

え、なに話したらいいんだ。まさか電話がつながるなんて思わなかったからどうしたらいいのかわからない。


「もしもし」

「あ、タクヤ!」ミキは嬉しそうに声をあげた。

「あのさ…」

「わかってる。タクヤが何を言いたいのか。全部本当のこと話したい。だから、明日私の家に来て」

「ちょっと待って。マンションの前大変なことになってるじゃないか。行けないよ」

「大家さんに、話を通しておくから、大家さん直通のインターフォンを押して入ってきて」

ーなるほど、その手があったか。


「でも、僕は君のことを信じ切れない。どうしたらいいんだよ」

「そんなに信じられないなら、明日身も心も全部見せる」

「は?」

「明日、セックスしよ」


おいおい! 俺は母の顔をチラチラ見ながら小声で言った。

「ミキ、何言ってんだよ!」

「だって、私の事信じられないんでしょ。だったら隠し事しない」

「ええ、ダメだって」

「大丈夫、明日も両親は事務所に呼び出しで、夕方まで帰ってこないから。私は自宅謹慎だし」


なんか話がトンデモナイ方向に進んでいる。もちろんセックスはしたい。当たり前じゃないか。でもこんな流れでは嫌だ。


「ミキ、とりあえず話をしよう。隠し事をしないって約束してくれる?」

「約束する。だから来てね」

「明日の始業式の後で大丈夫? 多分11時にはいけると思う」

「大丈夫。待ってる。じゃあ」


ガチャ。電話が切れた。

母が一言言った。

「明日は何があっても、絶対に行きなさい」

「わかった」


あのとき、勇気を出さなければ、ミキと向きあおうとしなければ、僕は死なずにすんだんだなあ。

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