第8話 クリスマスの覚悟
4日後。12月24日。その日はやってきた。今日は我が家にミキを招待してクリスマスパーティだ。二学期の終業式も終わり、みんな浮き足立っていた。
でも僕の心は今日のズーンとした雨雲のようだ。すでにミキは「経験済み」であるという現実をどう受け止めたらいいのかわからなかったからだ。
学校で目があってもすぐにそらしてしまったり、帰る時間をずらしてみたり。そうやってだましだまし過ごしてしまった。あれから一言もミキとは話をしていない。といっても、この4日間でミキが学校に来たのは1回なのだけれども。
ーさすがに今日は避けられない。家に来るんだから。
メグミは折り紙でカラフルに輪っかをつくって飾り付けをしている。お母さんは、お鍋の用意をしている。我が家はクリスマスはしゃぶしゃぶを食べるのが恒例である。
お父さんは今日は何があっても早く帰ってくると言っていた。メグミが、ミキの雑誌の切り抜きを見せてから、明らかに鼻の下が伸びている。
かくいう僕はというと…。
「ああ、どんな顔したらいいんだ」
小学校から使っているガンダムの学習机で頭を抱えていた。
この数日何度も何度も彼女が誰かとセックスをしていることを想像してしまった。どんな風に服を脱いで、どんな姿で乱れたんだろう。何度も何度も僕は妄想の中で彼女を陵辱してしまっていた。戸惑いと申し訳なさと情けなさが入り混じる。
トントン。ドアを叩く音がした。僕は部屋のドアを開けた。
「タクヤ、おやつ持ってきたよ」お母さんだ。
お茶とどら焼きがガンダム机の上に置かれる。
「なんか、あんたここ数日変よ」
「え、そうかな」
「ミキちゃんから電話がかかってきてからおかしい気がする」
バレてる。いじめられた時はもっと上手に隠せたのに。
「メグミから、ミキちゃんが載っている雑誌をいくつか見せてもらったんだけどね、多分あの子バージンじゃないわね」
「ぶほっ」僕はお茶を吹いた。
「あれだけの女の子と付き合うんだったら、あんた普通の精神じゃ持たないわよ」
「そ、そういうものなの?」
ティッシュで口を吹きながらお母さんをみたら、真剣な眼差しだった。
「そうよ。相手は厳しい芸能界で働いているのよ。あんたの100倍は色々あるわよ。あの子に普通の女の子でいることを望むならば別れなさい。どちらのためにもならないわよ。でも、付き合うんだったらあんたはあの子の全部を受け入れる覚悟でいなさい。お母さんが言いたいことはそれだけよ」
ポンと僕の肩をたたいて、お母さんは下に降りていった。
ーそうか。僕は覚悟がなかったのだ。
ミキの過去にビクビクしている。どんな人とセックスをしたのか怖くなっている。一人じゃないかもしれない。何人もとしたのかもしれない。でも、僕が今すべきなのは何があったのか悩むことではない。何があったとしても受け入れる覚悟を持つことなのだ。
午後5時ちょうど、インターフォンがなった。
ーミキだ!
僕はドタドタと階段を降りて、玄関に向かっていった。
そしてドアを開いた瞬間、絶望が襲ってきた。
ミキの隣に岩井さんがいたのだ。
「タクヤくん、こんにちは」
相変わらず黒いコートに黒のレザーパンツ。渋谷の時と全く同じ格好である。
ー今日はミキだけで来てくれるんじゃなかったのかよ。
僕は多分あのとき、鬼の形相になっていたと思う。
「ちょっと、怖い顔しないでよ。岩井さんは送ってくれただけだから」
「あ、ごめん」
岩井さんはいつものように白い歯をキラリとみせながら微笑んだ。
「何かあったらと思ってね。もしかしたら、ご家族がいないなんてことがあるかもしれないと思って」
「母も妹もここに連れてきましょうか」
「いや、大丈夫だよ。ごめんね嫌な思いをさせてしまったみたいで申し訳ないね」
「ミキさん、はじめまして!」
と、妹が、赤の色画用紙で作った帽子をかぶりながらやってきた。
「あ、こちら妹のメグミ」僕はそっけなく言った。
「あれ、ハンサムな男の人!」メグミは岩井さんにうっとりしている。
「この人はミキのマネージャー」
「あ、マネージャーさんですか。良かったら一緒にしゃぶしゃぶを食べませんか」
ーコラ~! メグミ、やめてくれ! 僕は目の前が真っ暗になった。
なんのために、ミキを家に呼んだと思っているんだ。おまえは僕の努力を無にする気か。
「いえいえ、今日は俺も用事があってね」
「デート何ですかぁ〜」とメグミは口に手をあててぶりっ子をしている。
「そう、デートなんだ。クリスマスぐらい恋人と過ごさないとね」
あー、よかった。そうだよね。岩井さんにだって恋人ぐらいいるよね。あんなにハンサムなのだから。僕は嬉々として、岩井さんの背中を見送った。
こうして、無事に我が家のクリスマスパーティは、始まった。
思わぬ悲劇が待ち受けていることを、僕は知らずに…。
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