第7話 私、処女じゃないよ
「おにいちゃーん、電話よぉ」
一階からお母さんの声が聞こえる。僕は、自分の部屋からドタドタと階段を降りた。
「女の子よ。松村さんだって」
「うん」僕は右手の人差指で鼻をこすりながら、受話器を受け取った。
その横のダイニングテーブルで妹のメグミが驚いた顔でお母さんに話しかけた。
「松村さんって、もしかしてモデルの松村ミキさんじゃないの?」
「え、そうなの? ちょっとちょっとすごいじゃない! きゃー」
僕はシーッとジェスチャーした。
ふたりとも同じような顔でニヤニヤしている。
「もしもし、お待たせしました」
「もしもし、ミキです」
「知ってるよ」
心臓がバクバクする。まともに話なんて出来るんだろうか。
あのデートからもう1週間が経とうとしていた。今日は12月20日だ。
「で、なんの用事?」
もっと気の利いたことが言いたいんだけれども言葉がうまく出てこない。それにお母さんとメグミが明らかに耳をそばだてている。あとで冷やかされそうだからよけいなことを言いたくない。
「そろそろ、クリスマスだな―と思って」
「あ、そうだね」
僕は電話のコードをクルクルと指にまきつけた。もともとクルクルとゴムのように伸びるコードは簡単にからみついてくる。
「どこか、出かけない?」
「うん、いいけど…」
またあのマネージャーの岩井さんももれなくついてくるんだよな…。
渋谷の時とおなじように、ごちそうになるのは嫌だなぁ。どうにかならないかなぁ。
ふっとダイニングに目をやった。相変わらず母娘がニヤニヤしている。
「あっ」
「タクヤ、どうしたの?」
いいことを思いついたぞ。
「僕の家に来ない?」
家族に聞こえるように言ってみた。ダメならすぐにお母さんが飛んで来るだろう。
「え、いいの?」
ミキはとてもうれしそうな声をあげた。
すると、お母さんはその声が聞こえているかのように、
「ヘイ彼女! うちに来ていいわよ〜」と大きな声を出した。
「ヘイ彼女! だってアハハ」とメグミが隣で笑っている。
よし、交渉成立。最後にもうひとつ仕上げだ。
「僕と二人っきりになるわけじゃないし、岩井さんはなしでいい?」
「あ、それなら大丈夫だと思う。妹さんと私が友達になったらさらにいいね」
僕は、受話器を離して、メグミに向かって
「松村ミキさんと友達になってくれるかな〜」とタモリ風に叫んだ。
妹は、「いいとも〜!」と両腕で友達の輪のポーズをして答えてくれた。
「ふふ、面白そうな妹さんね」どうやら声は届いたらしい。
やったー! これで岩井さんなしでのデート成立!
「じゃあ、そろそろ電話切ろっか。ミキの家の電話料金高くなっちゃうから」
「あ、ちょっと待って。一つだけ聞いてもいい?」
「ん、いいけど、何?」
ーまさかあんなこと聞かれると思わなかった。
「タクヤって、セックスしたことある?」
「ふぁ!?」
な、何、突然!!
「ちょちょちょちょっと。してるわけないだろ!」
ーこれは家族に悟られたくない会話だぞ…。
「そうだよねぇ」
沈黙が出来た。嫌な間ができている。ミキはもしかして…。
「私は、処女じゃないよ。それじゃ、クリスマスにね。バイバイ」
ガチャっと電話が切れた。
僕は心臓がバクバクしながら立ち尽くした。
「お兄ちゃん、耳まで真っ赤だよ」と妹に耳を引っ張られるまで意識をもとに戻すことができなかった。電話はすでにツーツーという音を繰り返していた。
ちょっと、なんなのーこれ!
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