第6話 マネージャー

今日は初デートの日だ。交際開始後、最初の土曜日だった。


渋谷のハチ公前広場では、待ち合わせの人たちでごった返していた。目の前のスクランブル交差点の横断歩道手前には何百人もの人が四方八方うごめいていた。

まもなくクリスマスということもあり、特に混雑している。


待ち合わせより30分も早く来てしまった。Gジャンに紺の綿パンを履き、中は、白のワイシャツの上にアニエスベーのベストを着た。精一杯のお洒落だ。


9時50分。僕の隣に身長180センチの吉田栄作似のハンサムな男の人がやってきた。黒いコートに黒のレザーパンツ。カウボーイブーツのようなブーツを履いているのがカッコいい。

うーん、この人の隣で待ち合わせをするのは嫌だなぁ。


と思っていたら、9時55分、ミキがやってきた。

真っ赤なスーツに胸元があいたブラックのレースのシャツが見える。スーツと同じ色のハイヒールでカツカツと歩いてくる。どうみても女子中学生になんて見えない。

 すれ違う男性たちはみな振り返っている。ああ、僕なんかよりも隣にいる男性のほうがお似合いだ。


「おまたせ!」ミキは僕の肩をポンとたたいた。

「お、おう」なんと挨拶をしたらいいのかわからなくて、変にカッコつけてしまった。


 ここで、突然隣のハンサム男が話し始めた。

「ああ、君がタクヤくんか!」

「え…ハッ?!」

意味が全くわからない。狐につままれた気持ちで彼を凝視した。


「あ、タクヤ。彼を紹介するね」

「へ?」

なんだなんだ? 一体どういうことなんだ?

ミキと、ハンサム男がいたずらっ子のように見つめ合っている。


「この人ね、私のマネージャーなの。岩井さん」

「マネージャーの岩井学です。よろしくね」

とハンサム男は、僕に名刺を渡してくれた。大手芸能事務所の名刺だった。


「岩井さんにタクヤのことを相談したらね、デートは同行するってことになったの」

「えー、なんで?」

「私が写真に撮られた時にマネージャーもいたと言い訳が出来るようにってことなの」


そうか、ミキはまだまだ駆け出しとはいえ、芸能人だ。僕と写真を撮られてしまったら、将来に影響してしまう。なるほど。頭ではわかるんだけれども…。


「タクヤくん、申し訳ないね。なるべく邪魔しないようにするから、俺に遠慮しないで楽しんでね。」

岩井さんは、さわやかな笑顔で僕に優しく語りかけた。もうなんか眩しい。マネージャーさんというよりも、俳優さんみたいだ。カッコいい。


僕たちは、SHIBUYA109に向かった。ミキはそこでも有名人だった。

「ああ、ミキちゃんじゃない。今日は何買うの?」とボディコンを着た店員たちが彼女に声をかけてくる。


ミキはひしめく店舗ひとつひとつを入念に見ていた。そして似合う服を探す。ボクには全て同じ服に見えるのだけれど、どうやらぜんぜん違うらしい。


「岩井さん、この服がいい」

ショッキングピンクのTシャツにドクロの絵が描いてある。

こんな服どこがいいのかさっぱりわからない。ボクはもっと可愛い服というか、清潔感のある服のほうが好きだ。


でも、岩井さんは反応が違った。

「イカスね!」と言って、その服をレジに持って行った。お金を払うのは岩井さんのようだ。


「岩井さん、あっちの服も見ていい?」

「いいよ」


僕はすっかり蚊帳の外だった。つまりは、全然面白くない。

なんだよ、僕なんかいらないじゃないか。岩井さんと二人で買い物に行けばよかったんだよ。


だんだん僕は腹が立ってきた。時間は12時近くになっていた。


「そろそろ、お昼にでもしようか」

岩井さんが言った。

「私、つばめグリルのハンブルグステーキが食べたい!」と、

スパンコールがキラキラしている紫のボディコンスーツからぬっとミキが顔を出した。まるでいたずらっこだ。大人っぽかったり子どもみたいだったり、なんてかわいいんだ。


あ、でも…。ハンブルグステーキって一体いくらするんだろう。

僕は図書館から借りてきた東京ウォーカーの渋谷特集をパラパラとめくった。

うーん、1,300円。厳しいなぁ。


「あの、僕ちょっと…」予算オーバーだと言いたくないけれども、仕方がない。

すると、岩井さんが手を僕の目の前に持ってきた。


「大丈夫、ここは僕が出しますので」

「えっ」


ー岩井さん、かっこ良すぎるよ。僕はがっくりと肩を落とした。






ガッチャガチャとどうしても音が出る。


岩井さんは上手に、フォークとナイフを使いながら、ハンバーグを食べる。

その隣に座るミキ。二人のほうが美男美女のカップルに見えるよ…。


「すみませーん、お箸2つ〜」突然、ミキが店員さんに向かって大きな声を出した。

「タクヤ、一緒にお箸で食べよ」と上目遣いでお願いポーズをした。

かわいいな。こんな顔されたらおかしくなるよ…て今は僕の彼女なんだよな。

未だに信じられない。


「やっぱり日本人はお箸だよ! ね、タクヤ」

「あ、うん」

ハンバーグの湯気の向こうにあるミキの笑顔を見ているだけで元気になる。

岩井さんはフォークだから僕達とは違うよなっ!



「ごちそうさまでした。ちょっとお手洗いに」

かつかつとピンクのハイヒールをならしながら、ミキは奥の方に消えていった。


「俺なんか本当に邪魔だろうに、ついて来てしまってごめんね」

「いえいえ、ミキが写真を撮られたら僕のほうこそ迷惑をかけてしまうし」


そう、頭ではわかってる。でも心がついていかない。ふたりきりになりたい気持ちは捨てきれない。


「ミキは気が強く見えるだろ」

「ええ。僕をいじめから助けてくれました。とても勇気のある女の子です」

「本当は、とても不安症で寂しがり屋なんだ。そうは見えないだろう」


僕はムッとした。マネージャーだから付き合いたての僕よりもミキのことを知っていて当然だ。でも嫌だ。「俺のほうがミキのことを知っている」と言わんばかりじゃないか。


「ミキをよろしくね」岩井さんは腕を伸ばして、握手を求めてきた。

「はい」僕はそっけなくその手に応えた。


1991年12月14日土曜日。僕が死ぬ25日前のことだった。









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