第5話 さようなら、タクヤ

ーう、くるしい。あたりは真っ暗だ。ここは…そうだ、お母さんのお腹の中だった。

それにしても、息苦しい。首に何か巻き付いているみたいだ。

ーへその緒だ、これ。


「神様!神様!」僕は、出来る限り心の中で大きな声で叫んだ。

「へその緒をほどいてください、お願いします。このままでは死んでしまいます」


ごおおおおお。子宮の音しかしない。


「神様、そこにいるんでしょう。そばにいるんでしょう。神様はなんだって出来るんでしょう」


何も応答はない。く、苦しい。もう死んでしまうかもしれない。

生まれ変われるんじゃなかったのかよ!くそっ!


ドンドンドンドン!!!

僕はお腹をできるかぎり、たたき、蹴りたおした。


すると、大きな悲鳴が聞こえた。

「わー!」

お母さんの声だ。同時に、バシャー!っという音がした。


「は、破水したー! お父さん病院へ!」

お母さんが叫んでいる。「わ、大変だ」お父さんの慌てる声がする。


僕は…破水の衝撃で、さらにへその緒がからまったようだ。

もうだめかもしれない。


「か、かみさま・・・」何も応答がないまま、僕の意識は遠のいていった。



ー気がついたら、また天国にいた。

「おいー!生き返らせてくれるんじゃなかったのかよ!」

「ごめんごめん」


神様は目の前にいた。

「いや、ひとつ言い忘れたことがあってな。手荒いことをしてすまん」

「本当に手荒すぎるわ。一体なんなの?」


僕はまゆをハの字にして神様をにらんだ。


「タクヤ、人間は死んでも普通は生き返らないことになっているんだ」

「それ、もう聞いたよ」

「なぜ、私がそうしようとしているのかわかるか?」

「え、なんでって、そういうルールなんじゃないの」


生き返れると思ったのに、天国に再び戻されたことが腹立たしくて、考える気にもなれない。


「肉体が死んでも魂は永遠に生き続けるからだよ」

「ふーん。だからどうしたの?」

「だからどうしたのって…。君が生まれ変わるということは、山本タクヤという魂は死んでしまうことになるってことさ。それを確認しなければいけなかった」


僕の魂が死んでしまう!?


「君は生まれ変わったら、同じお父さんとお母さんの間に生まれるとしても別人として生きることになるだろう。まあ、君の弟として生きることにね。

 君は君の弟とはちがう。ということは君が君の弟になってしまう以上、君は魂も死んでしまうことになるんだ」

「そうか、僕は僕でなくなってしまうのか…」


ーそこまで考えていなかった。ただ生き返ってミキに会いたい。それだけだった。


「タクヤくん、それにね君の愛はわかったんだけど、それは一方的な愛だったとは思わないのかい? ミキは君のことを愛していたと思うか」

「そ、それは…」


僕は返答につまった。


「タクヤくん、天国はいいところだよ。傷つくこともない。いじわるをいう人もいない。カワイイ子もいっぱいいる。でも、地上は違う。イジメも殺人も、強盗もある。悲しいことも辛いことも。いくら人を愛しても結ばれないことだってあるんだ。

 わざわざそんなところに降りて行かなくてもいいんじゃないのか。いずれ、ミキさんもここに来る。待っていれば会えるんだ。でも生まれ変わったらもう君はタクヤとしてミキさんと永遠に出会うことはない。それでもいいのか」


そうか、もう僕は…生まれ変わったら僕のままでミキに会うことができなくなるのか。


「神様、少しだけ考えさせてください」

「わかった。君を一度お腹の中に戻す。今君はへその緒が首にからまったままで危険な状態にある。生きるか死ぬか、しばらくよく考えてくれ。全ては君次第だ」


再び僕の足元に穴がぽっかり空いて、ストンと落ちた。






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