第4話 ジュリアナ東京
飯島愛事件、いやイジメ撲滅事件から2ヶ月が過ぎようとしていた。
時は1991年12月10日。街はクリスマス一色だ。高級ホテルのディナーは1年前から男性たちがおさえているというTVのニュースに驚いた。
「1年後付き合っている保証ないのによくやるなぁ」と半ば呆れながらも、1食3万円も4万円もするディナーをまた来年に向けて予約する男性の経済力を羨ましく思う。
ああ、僕もあと10年早く生まれていればこんなカッコいいクリスマスを過ごせるのに。
そんなことをぼーっと考えていたら、突然2歳年下の妹のメグミが部屋から奇妙なものを持ってきて現れた。
「お兄ちゃん見てみて!」
それは、ピンクのフワフワの羽の扇子だった。
「なんだよこれ」
「え、お兄ちゃん知らないの?お立ち台だよ〜」
と、ソファーの上で扇子と腰をくねくねさせながら踊っている。
「バカか」とクッションを軽く投げた。
メグミは「あっかんべー」をして、自分の部屋にフフフと戻っていった。
ボディコン、ワンレン、扇子…。東京の大都会では、女子大生やOLたちが夜な夜なジュリアナ東京というディスコで踊りまくっているらしい。ついぞ、中学1年の妹にまでその波が訪れるとは。
「あーあ、僕は受験生か。ちょっと運が悪かったな」
バサッとソファーにたおれこんだ。扇子をまくらにして…。
そして、塾用のリュックサックから一冊の本を取り出した。
「まだ夢を見ているみたいだな」
本の表紙にも紫のボディコンで、ワンレン姿の女の子が掲載されている。
ミキだ。そして、今の僕の彼女だ。
こんなすごいことが人生に起きようとは!
いったい全体なんでこんなことになったのかというと…。それはわずか3日前にさかのぼる。
「おはよう」といつものように教室に入っていった時、とんでもないものが目に飛び込んできた。
黒板いっぱいに、相合傘が書かれている。傘に入っているのは、俺とミキだった。
隙間をうめるように、ピンクのチョークでハートが無数に書かれている。
僕は慌てて黒板消しを持ち、必死で消し始めた。何分もしない内にミキも教室に入ってきた。相変わらずひざ上20センチのスカートに、真っ赤な口紅をつけている。髪の毛は脱色はしていないが、ロングヘアからセミロングのソバージュになっていた。
聞くところによると、芸能事務所の戦略らしい。この頃にはさらに学校に来る日が少なくなっていた。
「ん、なになに?」ミキは消しきれていない相合傘をのぞきこんだ。
そして一気に笑顔を消し、言った。
「これ書いたの誰なの?」
ーサッカー部のあいつらにちがいない。特にこのクセ字はトオルの字だ。
背も180センチあり、顔は織田裕二に似ていてカッコいい。脚も長い。クラスでもいつも5本の指に入る成績だ。もちろん、女子たちにも大人気だ。
なのに、なんでこんなくだらないことをするのだろう。
僕は黙々と黒板を消し続けた。すると、彼女は思いもよらぬことを言った。
「消さなくていいよ」
「え、なんで?」
「これ、当たってるから」
「ふぁ?」
僕は変な声を思わず出してしまった。
背丈は僕と同じ170センチの彼女は、さらに僕に近づいてきた。
そして、キスをした。チュッとかいう可愛らしいやつではない。
両手で顔をしっかり固定したうえで、ブチュー!!!である。
それは5秒ほど続いた。僕は金縛りにあったみたいに体が固まった。
教室は一気にどよめきに包まれた。
「私、山本のことずっと好きだったんだ」
ーおいーーーー!何言ってんだこいつ!?
「山本は私の事嫌いなの?」ミキは突然目をうるませながら聞いてきた。
ズキューンとキューピッドに射抜かれた。僕はずっと君に憧れていたし、イジメ事件以来君に恋をしている。
「好きです」
ー緊張しすぎて敬語になってしまったではないか。
「嬉しい!」彼女は今度は僕を抱きしめた。
ヒューヒューという冷やかしの声が教室から聞こえてくるが、彼女は一向に気にしていない様子だった。
僕は初めてのキスと抱擁に、頭が真っ白になった。そのとき初めて女の人とセックスをしたいという衝動に襲われた。ああ、これが性の目覚めというやつなのか。
あのあとすぐにチャイムの音がならなければ、僕の理性はもう永久に戻ってこなかったかもしれない。
こうして、僕は彼女と恋人関係になってしまったのだ。
でも、本当はこのときミキは僕のことなんて好きではなかったんだ。
それを知ったのは僕が死ぬ1週間前のことだった。
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