ささやかな一コマ 〜一コマシリーズ1

阪木洋一

昼休み



「……陽太くん、付き合ってほしいの」


 昼休み。

 学食での、昼食からの帰り道のことである。

 平坂陽太ひらさかようたが、意中の先輩である小森好恵こもりこのえに声をかけられて――そのように用向きを伝えられたのは。


「は……へぁっ!?」


 無論、陽太は自分でも意味不明な奇声を漏らし、頭が急速に熱を持ち始めた。

 つきあう……って、こう、アレか?

 やっぱり、男女で、その、何かをしあうとか?

 それとも、ただ単に指で突っつきあうとか、そういうやつか?

 もしくは、餅をつく相方を探しているとか?

 いやいや、何かの職に就くという可能性も?

 正常から支離滅裂まで様々な可能性が浮かび、ぐるぐると回って廃棄されていくという過程が、陽太の頭の中で何度も何度も繰り返される中、


「……放課後、買い物に、付き合ってほしいの。新しい折りたたみ傘、買いたくて」


 小森先輩が、補足として可能性の解答を寄越してきた。


「あ……はいっ! はいっ! 買い物ねっ! 買い物っていう意味ッスねっ! 行きますっ! 付いていくッス!」

「……?」


 わりとお約束なオチに、残念と安堵がゴチャ交ぜになって、陽太はよくわからないテンションになる。

 そんな陽太に、小森先輩は首を傾げて頭に疑問符を浮かべた。


「……陽太くんは、どういう意味って思ったの?」

「ファ……!?」


 それは、やっぱり、男女で何かをしあうとか――

 と言い掛けて、陽太は寸前でキャンセルした。ヘタレ心理で。

 そのため、どうにかして誤魔化そうとしたのだが、


「え……あ、いや、そのー、なんだ、指で突っつきあうとかっ?」


 何を思ったのか、二つ目に浮かんだ可能性を、口走ってしまった。

 つーか、突っつき合うって、どこをだよ……!?

 自分の発言に瞬時に後悔し、ほとんど涙目になる陽太なのだが、


「…………」


 一方の小森先輩、少しだけ何かを考えたようで。


「……えいっ」


 むに、と小森先輩は人差し指で、陽太の頬を突っついてきた。


「へ……?」

「…………おお」


 陽太が動揺の声を上げるのにも構わず、小森先輩はむにむにと頬を突っつき続ける。

 ……何やってんの、先輩?

 ほとんどワケが分からず、かといって別に痛いというわけでもなかったので、陽太はほとんど成す術なく、彼女のされるがままになる。

 でも、そこそこ頭が冷えたので、何となく落ち着いた気分にもなった。


「……えいっ、えいっ」


 小森先輩は未だに頬を突っついてくる。わりと夢中になっていると言ってもいい。

 これだけやられてるからには、もしかして、こっちからもやっていいのでは?

 なんとなく、陽太の中に昔からある『やられたらやり返せ』精神が働いたので、


「お……お返し」


 陽太も陽太で、人差し指で彼女の頬に触れてみた。


「……んっ」


 ――少しだけだったのに、すごく柔らかかった。

 あと、触れた時に小森先輩から漏れ出た声が、その儚げな外見からは考えられないほどに色っぽくて、なんだかいろいろ恥ずかしい心地になった。

 これ以上はやめとこう。

 精神衛生上よろしくないため、陽太がそのように思い始めたところで、


「……ふふ」

「?」


 次いで聞こえた小さな笑い声に、改めて視線をあげると、



「……仲良しさんみたいで、なんだかいいね」



「――――」


 その楽しそうな、小森先輩の笑顔に直面して。

 ゴトリと、あの時と同じく、陽太の中で大きな音が鳴った。


  ☆  ★  ☆  ★  ☆  ★


 昼休み終了五分前の予鈴が鳴り響く中。

 一年六組の教室で、自席で顔を両手で覆って悶々としている平坂陽太の姿があった。

 クラスメートの話によると、


「茹でダコみたいに耳まで真っ赤にしてたんだけど、平坂くん、熱でもあるのか?」

「わたし知ってるよー。恥ずかしくてたまらない時って、だいたいああいう風になるよね」

「その羞恥心のあまり、まるで全身をバタつかせる寸前の女子のようじゃのう」


 とのことだった。

 あと。


「なんであの人、ああいう不意打ちが得意なんだよ……ダメだ、可愛すぎる……つか、男女の交際って言ってたら、一体どうなってたんだ……気になる……!」


 などと、何やら呟いていたようだが。

 その言葉の意味を推し量れる者は、誰一人居なかった。

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