7.
端末から顔を上げて、俗に灯台と呼ばれている見張り台の欄干を握って下を覗き込む。まず目に入るのはこの都市を覆っている防護壁。そして、その向こうに広がる海。そこから普段はない何かが伸びている。「…なんだと思う?」ぼやく俺に、さぁ、とハルは首を竦めたようだった。
俺の右隣では少女姿のろいろが俺の真似をして下を覗き込んでいる。風でかなり暴れているワンピースがめくれ上がったので反射で押さえた。…スカートは失敗だった。いくらコートを着ててもちょっと危ない。
俺の左隣で睨むようにして下を見ている
右目を閉じて指を当てる。
また、使うしかないだろう。
「セイが見たときは、マグマの固まり、だったんじゃないっけ?」
「ああ。けど、マグマはひえてかたまったらいわになるんだ。うごけなくなる。そのまえにアレはうみにでたんだ。うみのなかで、あたらしいからだをさがしたんだろう」
「なるほどね。そう聞くとちょっとハルみたいだな」
そっと右目を開ける。右側だけクリアになった視界に『起動』の文字が浮かんだ。オレは死者には取り
はいはい、そうだった。お前はあくまで生きるために誰かに憑くんだもんな。死者に憑いても、生きることはできない、か。
視界の端でシステムチェックが始まるのをスルーして、右の視界を拡大していく。
天文台の望遠鏡ほどとはいかないけど、この右目は遥か下の揺れる海面をはっきりと捉える性能くらいはあるので、こちらに向かってきている何かを捉えることも簡単だった。
海面から一直線にこちらに向かって
その風体だけ見たら、あのドラゴンは
コウか
ゴーン、ゴーン、ゴーン。鳴り続けていたブリュンヒルデの鐘がピタリと止んだ。
『
幼い少女のような声は、現在人類の最高火力武器となっている荷電粒子砲を五秒後に発射する、という無情な現実を告げた。
和解、という道を、この都市は取らない。これまでの経験から『ドラゴンは滅すべし』という思考に徹し、先に攻撃した方の勝ちだとばかりに躊躇わずに仕掛けていく。悲しい現実だ。
新しい道を模索することはエネルギーがいる。時間もかかる。そんなことをするよりも、今までの道に徹した方が楽だからと、人は考えることを放棄している。
『四、三、二、一』
ゼロ、という声に被せるようにして、エリュシオンの丸い形の都市の下部に備え付けられている発射台から光の柱が半ば腐ったドラゴンの姿をかき消すように降り注いだ。
視界が
ドラゴンは荷電粒子砲に為す術なく焼かれ、崩れて、もともと脆かったのだろう体はバラバラになって海へと散っていく。当たり前といえば当たり前の結果に、セイが眉根を寄せて下を覗き込んでいる。
「…これでおわるとはおもえないな」
「また違う姿でやって来るかも、ってこと?」
「ああ。あいつのもとめてるクシナダはここにいるんだ。なんどだってやってくるさ」
灯台の中から同じ光景を見ていた人間が「やったぞ、荷電粒子砲が効いてる! 化物を倒したぞっ」と仲間と盛り上がっている声が、俺には遠い。
俺達はそんなに悲しい生き物なのか?
殺して、殺されて、憎んで、憎まれて。
ろいろのめくれ上がるスカートを押さえつつ眼下を眺めていると…これがセイの言ったとおりになった。バラバラになったドラゴンが浮かんでいた海面から別の何かが出てきたのだ。
集中するために左目を掌で隠して、神経を右目だけにやり、じっと海面に目を凝らす。…さっきとはまた違うドラゴンだな。飛行している最中に力尽きて落ちたのか、海から出てくるには似つかわしくない、翼を持ったドラゴンだ。飛膜には穴が開いてボロボロに見えるけど、それでもこちらへ飛んでこようとしている。
荷電粒子砲の二発目が発射され、遥か下の海から飛んできていたドラゴンを焼いた。躊躇いはなかった。
セイは荷電粒子砲の光を反射させながら、冷たい感情を宿した瞳でじっと、海と、バラバラになって落ちていくドラゴンと、人が作り出した破壊光線を見ている。
「にんげんはおくびょうだな。
すがたかたちがちがって、じぶんたちよりちからのあるしゅぞくに、ここまでようしゃなくふるまえる。じぶんたちとちがうなにか、わからないあいてってだけで、ころすこともできる」
「…返す言葉もないよ」
「きっと、はちわりかきゅうわりのにんげんはそうなんだろうな。おくびょうで、みがってで、じぶんのことしかかんがえてない。
たったいちわりかにわりの、ひとにぎりのにんげんだけが、やさしさとか、ゆめとか、きぼうとか、あいとか、そういうあたたかいものをだいていきていけるんだ。つよくて、やさしいにんげんだけが。
おれをそだてた、ミドリってひとは、そうだった。ちゃんとおれをあいしたし、せかいのげんじょうをうけいれて、それでいて、じぶんになにができるだろう、ってかんがえられるひとだった。
なぁ。なんでそういうにんげんにかぎって、はやくにしんだりするんだ。どうしてしぬべきだとおもうやつがいきて、いきてほしいやつがしぬんだ」
長く、長く、言葉を吐き出したセイは、はぁ、と息を吐いた。欄干にごつりと額をぶつけて「いや、なんでもない。わすれてくれ」と言うその姿がいつもより小さく見えて、おれはなんとなく、セイの頭を撫でた。…振り払われるかと思ったけど、セイは何も言わない。じっと眼下を見ている。
海から、三度目になるドラゴンが現れた。ドラゴン…と言っていいのかどうか躊躇うような、キメラみたいな容姿のドラゴンだった。まるで使えるパーツを持ったドラゴンを寄せ集めたらこうなった、みたいな、頭の三つあるドラゴンにも、荷電粒子砲は容赦なく発射された。
これで、三回目だ。
都市が温存できる電力の関係で、荷電粒子砲は一日に撃てる回数が決まっている。今回は最大出力での射出になるから、次で打ち止めだ。そろそろ
キメラのようなドラゴンは荷電粒子砲に焼かれてバラバラになって海へと落ちていく…。
そして、四度目になるドラゴンは、さっきよりさらに色々なパーツを繋ぎ合わせたような、もうドラゴンとはいえない容姿をしていた。いくつもの翼で羽ばたきながら海からこちらへと向かって飛んでくる、そのドラゴンにも容赦なく荷電粒子砲の光が降り注ぎ、バラバラになった体が海へと落ちていく。
人間がもてる手段はこれで打ち止めだ。
撫でていたセイの髪がざわりと脈打った。いや、セイ自身が脈打っているようだった。「…セイ?」「これでこのとしはうつてがほぼない。そうだな」「うん、そうだと思う」「そのうちドラゴンにでてくれっていってくるんだろ?」「うん、まぁ」ちらりとポケットの携帯端末を気にする。まだ鳴らない。
なら、俺が行く、と言ってセイは欄干を乗り越え落下した。
「っ、セイ!」
反射で手を伸ばしてセイの服を掴んで、俺も欄干を乗り越え落下した。当然のようにろいろも落下して、三人で極寒の風を切りながら落ちていくなんて笑えない構図になる。
ひゃっほーい飛んでるぞ~~とかなんとか、ハルが俺の中でなんかテンション高くエンジョイしているのが伝わってくる。
ろいろが両手を広げて重力制御を展開する。同時に右目がAttentionと注目マークを浮かべて文字を並べる。『同期確認。No.14重力制御場を展開』視界の端にステータスとして様々なものが表示されていく。
ろいろは自然落下に抵抗して俺と自分を空中に浮かせた。セイは、落下の最中にドラゴンの姿に戻っていて、青い鱗は陽の光を浴びてバラ色に輝いている。
『だめだろうが、はなしをしてみる』
「セイ、應かコウが来るまで待とう」
『はなしがつうじないならおれがバラバラにする。ふたりがくるまでのじかんかせぎだ。じゅうぶんだろ』
「…はぁー、もー」
何にも掴まってないのに浮いている自分、というのがどうも落ち着かなくて、人型を保っているろいろを抱きしめた。ろいろは背中に翼があって飛んでいて、俺はそのろいろに掴まっている、と思えばまだ気持ちが落ち着く。
タイミング悪く吉岡さんからの電話が鳴ったけど、ゆっくりと落下を続け都市から離れている俺と、電波が届く距離が、途切れたらしい。防護壁の間をすり抜けて空中都市の揺り籠から外に出たら、圏外、と表示されている端末をポケットに押し込む。
目を閉じて、強く念じておく。應とコウに届くように。二人は見知った人間の強い思念というか、そういうのも感じることができるらしいから。
(應とコウへ。吉岡さんからゴーが出ました。セイと先にヤマタノオロチとの接触を図ります。助けてください…)
うーん。なんか情けないSOSみたいな思念になってしまった…。
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