第3話 蘇る記憶~幸太編

「三郎太、三郎太」

まるで鈴の音のように澄んだ綺麗な声が聞こえる。

(あぁ、この声は奥様の声だ)

目を開けると、庭先に漆黒の長い髪の毛を揺らしながら、まるで天女のように美しい奥様が微笑んでいる。

この屋敷の主、帝の隠し子と噂されている若君の奥様である翡翠様

鬼の一族の方らしく、村の奴らは怖がって誰も近付かない。

奥様との出会いは、まだ幼かった僕が若君の母君が遺された形見のお茶碗を誤って割ってしまった事がきっかけだった。

「すみません、すみません」

ひたすら謝る僕の手に、暖かい手が触れる。

「怪我は無い‍?」

綺麗で優しい声に顔を上げる。

目の前に見えたのは、この世のものとは思えない程に美しい女の人の顔だった。

美しさに声も出せずに首を横に振ると

「そう、良かった」

そう言って笑顔を浮かべる。

「でも...おいら、奥様の大切な茶碗を...」

泣きながら土下座する僕を、奥様は手を取って顔を上げさせると、そっと抱き締めてくれた。

ふわりと優しい香りに僕は恋に落ちた。

「形ある物はいつか壊れる物なの。代わりはいくらでもあるわ。

でも、貴方は1人しか居ないの。あなたの代わりは居ないのよ。」

奥様の言葉に、僕は初めて人として認められたような気がした。

この日以来、僕は奥様専属に仕える立場になった。

奥様は僕に文字を教えてくれ、若様からは

「男は剣を扱えないと大切なものを守れないからね」

と、剣を教わった。

お2人は僕を本当の子供のように可愛がって下さった。

奥様は何かあると

「三郎太、三郎太」

と僕を呼び、夕日が綺麗だとか。

今日のご飯は上手く出来たとか。

なかなか採れない薬草を摘んだとか。

本当に他愛の無いお話をして下さった。

鬼の一族は、代々薬草を扱い治療が出来る知識を持っていた。

奥様は冷たく接していた村人が病気と聞くと駆けつけて、薬湯を施し治して来た。

噂は噂を呼び、いつしか村中から大切にされるようになっていった。

そんな折、やっとお2人も子供を授かった。

本当に、幸せの絶頂だった。

でも、その幸せもつかの間だった。

都で「鬼の嫁をもらうと天下が取れる」と噂が立ち、若君が天下を狙っていると疑いが掛かってしまったのだ。

バタバタと若君の家が騒がしくなり、若君と奥様。

僕が殿の別邸に行く事になった。

別邸とはいえ広く、僕と奥様は奥の間に通された。

若様を待っていると襖がスっと開いた。

入って来たのは、若君に良く似た面差しの男性だった。

奥様は落ち着いた顔をでその人を見ると

「やはり貴方でしたか...」

そう呟いた。

「久しいな。あの時は世話になった」

その人はそう言うと、奥様の腕を突然掴み

「私のモノになれ。ありとあらゆる贅沢をさせてやる」

と言い放った。

「何を馬鹿な事を...」

笑い飛ばす奥様に

「では、あいつがどうなっても良いのか‍?」

冷たい瞳でそう言って来た。

奥様は驚いたようにその人の顔を見ると

「脅すのですか‍?第一、貴方にも奥様がいらっしゃるのでしょう‍?」

怒ったように立ち上がった。

その瞬間、奥様が倒れ込ん出来た。

「奥様!」

叫んだ瞬間

「赤ちゃんが...赤ちゃんが...」

必死に僕の腕にしがみついて来た。

「お前、子供が居たのか‍?」

その人は叫ぶと、廊下に飛び出して支持を出し、僕も人払いされて男の子をご出産されました。

しかし長旅の疲れから、奥様の出産された赤ちゃんは間も無く息を引き取ってしまった。

同じ時期、殿の奥様も男の子をご出産され、僕は殿の奥様の子供付きを命じられた。

そんな折、僕は殿が何が何でも奥様を自分のモノにしようと、若君の命が危ない事を知る。

僕は殿の奥様がご長男出産で都に帰るタイミングを図り、お2人を田舎へ逃がす事に成功した。

「三郎太、お前は来ないの‍か?」

出産から間も無いお身体の奥様を抱き抱え、若君が馬に跨る。

お2人を見上げ、僕は首を横に振り

「まだ、若君の命は狙われ続けると思います。

ですから、私は殿の側で私のやり方でお2人を護ります」

そう告げて別れた。

お2人の馬が小さくなり、僕はお2人の姿が見えなくなるまで見送った。

それから一年後、奥様が亡くなられたと風の噂で聞いた。

そしてあの事件が起った─────

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