第2話 開かれた扉

「せんぱ~い、遙先輩。待って下さいよ~」

獣道さえも見えない鬱蒼とした山道を3人は歩いている。


きっかけは、1本のメールだった


『某県某所に幻の村「鬼が村」があるらしい。

そこは昔、美しい巫女と恋に落ちた青年が、巫女を汚した罪で惨殺された。

その青年の血を吸い、その村にある湖の畔に咲く桜の花は、1000年の間枯れる事も無く、真っ赤な花を咲かせているらしい』


冬夜がこのメールを見た瞬間

「真っ赤な桜‍?それって既に、桜じゃ無ェよな...」

と言いながら

「気になる...」

そう言って、鬼が村の千年桜を調べ始めた。


 そしてある編集会議の時だった。

「俺、鬼が村に行ってくるわ」

冬夜の一言に

「はぁ‍?あんなガセネタを調べるの‍?」

叫んだ遙に

「嫌...これ、久しぶりの当たりだと思うんだわ」

と、冬夜が答え、(幸太が)集めた資料と(幸太が)まとめた書類を配布し始めた。

資料に書かれた内容は、1つの伝記から始まっていた。


今から1000年前

帝の寵愛を受けた美しい側室が、正室と同じ日に男の子を出産した。

その男の子が帝の座を狙わないようにと、正室に嫌われていた美しい側室と共に、鬼が住むと言われる鬼が村へ2人は送られてしまう。

鬼が村は代々、神様を落とす事が出来る巫女が神様の力によって、鬼の力を封印していた。

時は流れ、帝の子供が本来なら成人の儀を迎える歳になった頃。

息子は母親の愛情を一身に受け、美しく優しい青年に成長していた。

そんな折、青年は偶然、神様を宿す巫女と運命的な出会いをする。

2人は出会った瞬間に恋に落ちる。

しかし、巫女は綺麗な身体でいなければならない。

ある日、巫女の力が使えなくなり、鬼が封印から解かれて溢れ出して来た。

村は大騒ぎになり、巫女に封印を迫るが力が使えなくてなっていた。

すぐに2人の関係は村人達に知れ渡り、青年は生贄として巫女の目の前で村人達により惨殺されてしまう。

巫女はあまりの悲しさに、目の前で愛する人が投げ込まれた湖へと投身自殺をしてしまった。

その時、湖は真っ赤に染まり、湖の水で成長していた桜がその水を吸い込み真っ赤に狂い咲きしたという。

そして巫女の命と引き替えに、鬼の封印の為に村は地図から消えてしまった。


満月の夜

湖に満月が映し出されたとき

その封印は解かれる。


「気になるんだよな...」

この編集社で働いてから、冬夜から何かしたいと言い出した事は一度も無かった。

「まぁ、ガセだと困るから、俺1人で行ってくるわ」

「それはダメだ!」

冬夜の言葉を打ち消すように、遙が叫んだ。

「遙‍?」

疑問の視線を向ける冬夜に、遙は慌てて

「行くなら私も行く!」

遙が叫ぶと

「はぁ‍?それなら僕も行きます!」

幸太も続いて叫びだし、会議が収集つかなくなってしまったのだ。

結局、紆余曲折を経て、3人で取材に行く事になったのだ。


「せんぱ~い、冬夜さ~ん。まだ歩くんですか‍?少し休みましょうよ~」

叫ぶ幸太に冬夜は無言で近付くと

「お前なぁ~、山に登るのにそんな大荷物で来るから...」

そう言うと、幸太の背中に背負われた大きなリュックの取っ手に手を伸ばした。

「よこせ、俺が持つから」

「冬夜さん...」

涙目で見上げる幸太の顔を見て冬夜がブッと吹き出す。

「何て面してんだよ」

冬夜は笑いながら幸太の鼻を摘む。

「...にしても、何が入ってんだ‍?」

リュックを背負いながら呟いた冬夜に

「山登りグッズですよ!」

鼻息荒く幸太が答えた。

ぼんやりと山に登る前に、ハッカ油で作った虫除けスプレー(幸太作)を着けてくれたのを思い出す。

「お前...」

冬夜が呟くと、幸太は得意気に冬夜を見上げた。

「女子か!」

呆れた声に

「ええ!褒めて下さいよ~」

幸太が前を歩き出す冬夜に叫ぶ。

「あ~はいはい。凄い凄い」

「気持ちこもって無いですよね!」

あの日以来、幸太は少しだけ冬夜に心を開き始めている。

そんな2人を微笑ましく思いながら、遙は胸に広がる不安を払拭出来ずに居た。

この取材を始めてから、おかしな事が多すぎる。

山の麓の人達に取材すると、みんな鬼が村のあると言われる「人寄らずの山」の話をしたがらない。

持ち主さえも、山に立ち入る事を渋って居た。

「悪い事は言わない。その取材は辞めた方が良い。あの山は呪われとる」

怯えたように言っていた。

山に登る時、物凄く綺麗な人に出会った。

その人は山道では無い道を指し

「こちらから行けば、湖に出られますよ」

と伝えると

「お気を付けて」

そう言って、歌を歌い出した。

「行きは良い良い帰りは怖い~。ご無事で~。」

あの瞬間、遙の心に警戒警報が鳴り響いている。

パキッ

枝が折れる音にハッとした瞬間、突然視界が開けた。

鬱蒼とした森の奥に、透明度の高い湖が広がっていた。

季節は夏

湖の周りには、桜らしき木が1本も無い。

「ガセだったか...」

冬夜が呟いた時、突然動きが止まった。

「歌‍?」

冬夜の言葉に、遙と幸太が耳を澄ます。

しかし、2人に聴こえるのは風のせせらぎだけ。

すると突然、冬夜の瞳から涙が流れ出す。

「冬夜‍?」

驚いて遙が冬夜を呼んでも、冬夜から返事は無い。

まるで夢遊病者のように、湖に向かって歩き出した。

「ちょっ...、冬夜。お前、どうしたんだよ!」

叫んだ遙の声が聞こえないらしく、ザブザブと水の中へと入って行く。

「行かなきゃ...」

呟く冬夜の瞳は、まるで他の何かを見つめているように遠い。

「冬夜、それ以上入ったら危ない!冬夜!冬夜!」

叫ぶ遙を、幸太が必死に止める。

「先輩、先輩も危ないです!」

「離せ!冬夜が...冬夜が...!」

遙が必死に伸ばした手が、やっと冬夜のシャツを掴んだ。

すると水面が突然、波打ち始める。

小さな渦が起こり始め、その渦が大きくなって行く。

遙は離れまいと自分のベルトを抜き取り、冬夜のベルトに通して自分のベルト通しにベルトを止めた。

「遙先輩、遙先輩!」

幸太も必死に遙の腕を掴む。

流される渦の中、幸太は湖の向こう側に満月を見た。

(満月...‍?)

ぼんやりと薄れ行く意識の中で、満月と真っ赤に狂い咲く桜の木を見た...ような気がしたと同時に、真っ暗闇の中に意識を手放した。



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