後編

 お見合いの席に『マリオネット』を連れて行くなんて。葉子は絶句した。

「え……(´・ω・`) ダメなの? じゃあ、お見合い行くのやめよっかな〜(・∀・)ニヤニヤ」

「ちょ、ちょっと待って。いいわ。シャーロットも連れて行きなさい」

 このまま雄一がお見合いに行かなければ、これまでの準備が台無しだ。葉子は渋々、『マリオネット』の同行を容認した。

 一体、どんなお見合いになることやら……。葉子は気が気でなかったが、行ってくれないよりはいいだろう、と前向きに捉えることにした。これが雄一にとって、何かのきっかけになってくれればよいが……、と。


 雄一、葉子、シャーロットの三人は、葉子が手配したハイヤーに乗って、お見合い会場のホテルへ向かった。都内にある楼山荘という、格式高いホテルだった。

 案内された個室に行くと、相手の仲川家も三人のようだった。

 お見合い相手の女性—―仲川麻依と、その母親、それに加えて、白いスーツを着た若い男性がいた。

「そちらの男性は?」

 仲川という相手の女性は、隣の男性に何事か耳打ちした。すると、『彼』がなめらかな動きで居ずまいを正し、答えた。

『初めまして。マルスと申します』

「マ、マリオネット……?」

 『マリオネット』は、見た目はほとんど人間と変わらないが、声は機械的な合成音であり、声を発するとすぐに正体がわかった。この王子様然とした美男子は、「マルス」という名前の『マリオネット』らしい。

 葉子が困惑した顔をすると、仲川家の母が深々と頭を下げて謝罪の言葉を発した。

「申し訳ありません。お恥ずかしながら、娘がどーーーしても、この『マリオネット』も一緒じゃないとお見合いに行かない、と申しまして」

と、そのとき、仲川母は、菊池家側にもこの場には不釣り合いな、若いメイド姿の女性がいることに気がついた。

「あら? そちらのお嬢さんは……?」

 まさか相手側にも『マリオネット』が同行してくるとは夢にも思わなかった葉子は、開いた口が塞がらない思いだった。が、そう聞かれて、今度は葉子の方が小さくなる番だった。

「実は……うちもなんです」

『初めまして。私の名前は、シャーロットですわ』

 シャーロットは、にっこりと会釈をした。

「まあ」

 二人の母親は、この瞬間に両家の苦労をわかり合った。


 その後のお見合いの風景は、なんとも奇妙な絵図だった。

 雄一も仲川麻依も、お互いに目線を合わせようとせず、直接に会話しようとさえしなかった。二人は、互いの『マリオネット』を通してコミュニケーションを取った。

『マルスさん、麻依さんのご趣味を教えていただけますか?』

 シャーロットが雄一の代わりに、マルスという名の『マリオネット』に訊ねた。

『はい。麻衣はBLが大の好物で、よく私に好きな二次創作のキャラクターのコスプレをさせます』

 マルスが麻依の代わりに答えた。

 両家の母が青ざめる中、雄一と麻依は、ひたすら料理を食べ続けていた。

 適当に話しておいてくれ。面倒になった雄一は、シャーロットにそう指示をした。もう雄一には、目の前の美味しい料理と、帰宅した後、シャーロットと観るアニメのことしか頭になかった。雄一の従順な下僕であるシャーロットは、『はい』と静かに返事をした。

 シャーロットは続けて、マルスに質問した。

『マルスさん、麻依さんと初めての出会いはどんなでしたか?』

 マルスは同様に、麻依に代わって答えた。

『はい。初めて私を起動した麻依は、私が履いていたパンツを下ろすと、×××を◯◯◯に△△△し、それから%>※♪<$♯&=@』

『まあ』

 一方、マルスも麻依に代わって、シャーロットに質問した。

『シャーロットさん、勇介さんはどんな男性ですか』

『はい。ご主人様はいつも家でアニメとゲームばかりをやっていて、ときどき私と色々なプレイをしますわ』

『なんと』

 シャーロットとマルスの「会話」は、意外な盛り上がりを見せていたが、お見合いの当事者たちは気づかなかった。雄一と麻依は、段々と食事に夢中になり、『マリオネット』たちのやりとりには、全く気を配らなくなっていた。

 母親たちは母親たちで、人形たちのシュールな会話を横目に、お互いの苦労話を分かち合っていた。


 そろそろお時間になります。と、ホテルの仲居に声を掛けられた頃、雄一と麻依の料理はきれいに片付けられていた。

「あ〜、食った食った( ̄ーΑ ̄) フキフキッ さあ、シャーロったん、帰ろうかヽ(゚∀゚)ノ 」

『嫌ですわ』

「えぇっΣ(゚口゚;!!?)」

 雄一はシャーロットのその一言に、人生最大の衝撃を受けた。

 シャーロットは席を立つと、マルスの元へ歩み寄り、あろうことか、その男性型の『マリオネット』の手を握った。

『私、この方が不憫すぎて……。支えてあげたいと思いましたの』

 一方のマルスも、そんなシャーロットの肩を抱き寄せた。

『雄一さん、貴方のような人にシャーロットさんは勿体ない。彼女のことは、僕が幸せにします』

 そう言って、二人の『マリオネット』たちは、速やかにホテル楼山荘から抜けだした。


 後には、ぽかんと口を開けたまま、その場から一歩も動けなくなった、二組の母子が取り残された。


(了)

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マリオンの憂鬱な一日 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

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