マリオンの憂鬱な一日
卯月 幾哉
前編
二◯××年、『マリオネット』と呼ばれるヒューマノイドロボットが世界中で普及し、どの家庭にも一台は置かれるほど、人々の生活に浸透していた。
家庭用の『マリオネット』は特に、掃除、洗濯など優れた家事機能を持っていた。最新の人工知能によりコミュニケーション能力も高く、育児や介護でもその能力を発揮した。
また、『マリオネット』にはもう一つ大きな特長があった。利用者は『マリオネット』にプリインストールされた性格プログラムを自由に切り替えることができた。
つまり、所有者のその日の気分によって、『マリオネット』の性格を変更することができた。ある日は忠実な執事のような性格、またある日は少しキツめのお姉さんキャラと、百種類を越える性格プログラムから自由に選ぶことができた。
そんな『マリオネット』が普及することによって、『マリオネット』なしでは生きていけない人々が続出するようになった。一部では、家事はすべて『マリオネット』任せ、自分から何ら生産的な活動をしようとせず、ひたすら堕落した生活を送るような人々も現れた。
彼らはマリオネットに操られる人間――『マリオン』と呼ばれ、社会現象にまでなった。
「さあ、シャーロったん、今日は何のお洋服を着まちょうかねー♪~(´ε` )」
菊池家の一人息子、雄一もそんな『マリオン』の一人だった。雄一は今年で三〇歳になるが、定職に就かず、実家で親の脛をかじり続ける生活を送っていた。
「こっちのゴスロリメイド服がいいかな〜♪ それとも、あっちの猫耳ウェイトレスルックがいいかな〜(о´∀`о)」
雄一が「シャーロット」と名付けた『マリオネット』は、彼にとって理想の恋人同然の存在だった。
『ご主人様、今日は何をして遊んでくださるのですか!?』
シャーロットがメイドさんキャラの性格で、目を輝かせて訊ねると、雄一はデレデレとなって頭を掻いた。
「ん〜、そぉだねぇ(*´ェ`*)ポッ 今日は一緒に新作ゲームの『魔界でハーレムっ!』やろっかヽ(●´∀`)ノ」
『まあ、嬉しいですわっ!!』
両親が雄一の大学入学祝いにと、専用に買い与えた『マリオネット』は、彼を虜にし、夢中にさせた。雄一はシャーロットに好みの服を着せ、プリインストールされた性格プログラムを自分好みに改造した。
雄一は次第に外出が億劫になり、家で一日中、『彼女』と好きなアニメを観たり、ゲームをして過ごすようになった。シャーロットの家庭教師機能によって、なんとか大学は卒業したものの、就職に失敗して実家に戻り、以来、堕落した生活を送るようになった。
そして、そんな生活が今も続いている。
そんな雄一の父親は、もう半ば、息子を見放しつつあったが、母親の葉子はまだ息子に対する望みを捨てていなかった。
「雄一、来週、三角商事の就職説明セミナーがあるそうよ。行ってらっしゃい」
「やだ(。-`ω´-)キッパリ」
しかし、雄一の答えは、いつも葉子を失望させるのだった。
「ねえ、パパ。あの子にお見合いをさせましょう」
ある日、葉子は夫—―つまり、雄一の父親に相談した。
「お見合い? そんなの、雄一がするわけないだろう」
夫は最初、真っ向から否定した。
「ええ、その通りね。でも、パートナーがいればあの子も変わるかもしれないでしょう」
「まあ、確かになぁ……。というか、それで駄目なら、もう本当に打つ手がないかもな」
夫も結局は賛成し、二人は息子に内緒でお見合いの計画を進めた。
雄一が知ったら反対するに決まっている。二人はぎりぎりまで、お見合いの話は息子に伏せておくことにした。
その後、葉子がお見合い業者に連絡を取り、候補者を選別した。なるべく息子と近い年代で、共通の趣味を持つ相手がいいだろうと考えた。
「あなた、この方はどうかしら?」
「……ん。これは、綺麗な人だな! どうしてこんな人がお見合いなんか」
「不思議ね。でも、相性はよさそうだわ」
仲川麻依というその女性は、雄一と同学年で、趣味が合いそうに思われた。葉子はお見合い業者を通して、彼女に息子とのお見合いを申し込んだ。
「ヤダヤダヤダヤダc(`Д´と⌒c)つ彡 お見合いなんて絶対ヤダ! 今日はシャーロったんと、ずっとアニメ観るって決めてたんだから(●`ε´●)」
お見合い当日の朝、葉子が初めて雄一に話を明かすと、案の定、雄一は駄々をこねてお見合いを拒否した。
雄一のその反応は、葉子にとっては予め想定された範囲内のものだった。葉子には、雄一をその気にさせるための秘策があった。
「お見合いに行ってくれたら、『マリオネット』の『レインボースーツ』、買ってあげるわよ」
「え(゚∀゚)!!!」
『レインボースーツ』とは、『マリオネット』の服装や髪型をボタン一つで変更可能にする、拡張衣装パーツの一種である。『マリオネット』を製造・販売するマリオネット社から、この春に販売開始された、最新のオプションパーツだった。
雄一がこの『レインボースーツ』を、喉から手が出るほどほしがっているということを、葉子は知っていた。
ごくり、と雄一が喉を鳴らす音が聞こえた。期待通り、雄一は心を動かされている様子だった。
しかし、その次に息子の口から出た言葉は、葉子を仰天させた。
「じゃあ、シャーロったんもお見合いに連れてく( ー`дー´)キリッ!!」
「えぇっ!」
(後編に続く)
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