第12話 転生しなくてもスライムだった件

 ロードサービスは明日になるらしい。

 下半身にバスタオル一枚巻いて、俺は縁側に腰を掛けていた。お袋はおてつけさんによって治療?をされる親父に付きっきりだ。

 スミさんはというと、俺と親父のパンツとかを洗っている。

当面、戻って来たくはなかったこの家に今俺たち家族はいた。


 考えることが出来ない。思い返すと怖いからだ。あの化物が俺たちに向けていたのは紛れもない敵意で殺意にすら近かった。殺されてもおかしくなかった。怖いじゃないか。俺は怖い。


(ああこわいこわいこわいああああ)


 日は傾いてきており、斜陽が目に染みる、ふと太陽の真ん丸が爛々としたあのデカ目玉を想起させて反射的に俯く。


 一体どういうことなんだ。やっぱりおかしい。そんな簡単にこんな超常現象受け入れられるはずだろ。嬉ションする犬みたいに下半身のタガが外れて糞まで垂らすようになって、動物以下じゃないか。こんな調子でビビらせ続けられたら脱肛どころじゃ済まない、内臓ひり出して死ぬんじゃないか。そもそも精神が持たない。精神が持たない。

 すげえ能力に目覚めるわけもない、尻にでっかいおできが出来ただけだ。それで飛べるようになったってなんだ。ケツ毛の方が目立つ。

 女の子に囲まれてハーレム状態というわけでもない、俺の周りにはお袋と電波女にデフォルメしたおばさんしか女がいないじゃないか。ほど遠いだろ、もっとふわふわした深海魚みたいな二次元じゃないと存在出来ないくらいのポップな女の子くれよ、一人でいいから。

 というか、そもそもその世界を受け入れられてないんだ俺は。台本どこだよ。まず設定が意味が分からない。ニートのおっさんがキチガイに襲い掛かられるだけの筋書き?糞だろ。誰も得しねぇよ!死ね!


「もうやだっ!やだっ!」


 糞甘えた人生だったくせにそのことは棚に上げて現状に対する不満を掻き立てると、不思議なもので本当に自分が可哀そうになってきて涙がボロボロこぼれた。


「うっうう~、おっうちのっ…お風呂……にっ……は……いりた……い……ひぐひぐ」


 陽光が遮られ、影が落とされる。誰かが俺の前に立った。涙を拭いながら上目遣いに見るとスミさんが俺を見下ろしている。恐怖で体が硬直する。

 そしてあろうことかそのまま倒れ込んできて俺に覆い被さった。

 成すすべもなく後ろに転げて、ちょうど俺の股の間にスミさんが割って入るような格好になる。神経がスパークする。


 顔の前にはスミさんの薄ピンクの唇から下、顎だけが髪の毛の隙間から出ていて、目だけは合わないようにそこだけを俺は凝視するという、抵抗に満たない抵抗をする。

 唇の隙間から薄いピンクの唇に似つかわしくない赤といって差し支えない鮮やかの色の粘膜質がせり出してきた。舌である。そう認識できた。そしてそれが伸びてきて、それはもう蛇のように伸びてきて、実際は顔を寄せていたのかも知れないが、兎も角伸びてきて俺の目の下を舐めた。恐らく涙を舐め取っているのだろう。幾度も舌が俺の顔を往復する。コロのザラついた舌とは正反対の粘液まみれのしなやかな筆のような感触であった。

 何をされているのかと認識と裏腹にどういう状況なのかという認識は全くもって出来ず、徐々に濃くなっていくスミさんの匂いに脳みそが焚き付けられようとしたとき、声がした。


 スミさんから発せられたのかと思いビクリと身を震わせるが、この声色、おてつけさんのものだと合点する。ほんとうに耳元で語りかけられているようであった。


「坊や、大変だったのう、ひとまずおとんは大丈夫だすけ、その連絡じゃ、

それでの、スミがいま坊やにタカっておると思うが、そらの、もう少ししたら話そうかと思ったんだども、まあスミもヒトの類ではなくての」


(……)


 それはまあおおよそ察しがついていたが、姿も見えずに相槌の打ちようがなく、黙ってスミさんの言葉を待つ。顔はもうベトベトであった。


「そのまんま聞いてくんなせ、まあ、儂らは泥女(どろめ)いうて、身投げした若い女の情念が集まってできた物の怪がいての、若い男を憑いて生気を吸うんよ、昔からいたんよ、でのスミも多分それ系」


(それ系?え、じゃあ俺今殺され中なの?)


「だがの、スミははっきり言って生き物になってしもた、もう理屈変わって来とるから、はっきりと言えんのだけども、最初は泥の塊みたいだったんよスミも、若いのはスライムゆうと分かりがいいのかも知れんがの、んで、気味が悪いから儂の昔の友人の姿にしとったんじゃ、それが、坊やがカッカしたすけ、くひっ、くくく、すけの、スミもほれ、女だすけ、のふひっ」


(ふひっじゃない、ちょっとどういうことなんだ、全然分からんぞ)


「だすけ、これはスミから聞いとったが、あれは惚れるとその男の望みの姿になるようでの、今のスミの姿が、坊やのほれ、好みなんじゃろ?」


(は?ふざけるな、こんな薄気味悪い女が俺の好みの訳ないだろ!)


 反抗するように、決して合わないようにしていたスミさんの目を見る。近距離であるから長い髪越しに見開かれた目と確かに視線が合う。

 スミさん舌を引っ込めてニターと耳まで届くような大口で微笑む。

だが、俺は確かに自分の胸が高鳴る音を聞いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドラゴNEET!~えっ俺竜族だったってこと!?~ @sengoku4902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ