第17話 秘密

ビルの向こうにようやく沈みはじめた夕日が、黄緑色のポプラの葉を赤々と照らしている。


眼下に見える広場の入り口の石畳みも、その向こうで静かに水を湛えた濁り池の水面も、全てが絵に描いたように輝いて、みちるは暫しその光景に見入っていた。


時間帯から、その店の客の大半は学校帰りの学生か、仕事を終えた若い会社員と思われる。そこそこ埋まった店内は、若者達の声で賑わっていた。

ここは、駅から10分程歩いた所にあるハンバーガー店。と言っても、カフェのような雰囲気が洒落ていて、カップルの姿もチラホラ。


「おっまたせ〜」


階段を上がったところで、直人は2つの目をキラキラさせて、子供のような笑顔を見せていた。


「ほら、オレの奢りだ!食おーぜ!」


テーブルの上にどんっと置かれたトレイには、様々な種類のバーガーと溢れんばかりのポテトにドリンク。みちるは目を丸くした。


(ええっと、私達何人で来たっけ?)


思わず考えてしまった。運ばれてきたトレイには、ざっと見ても倍くらいはありそうだ。


「ちょっと…直人先輩頼みすぎ」


さすがの綾も絶句している。


「…奢りって、半分以上がおまえのハラに入るんだろ?」


そう言って、悠介はポテトフライを2、3本まとめて摘み、口へ放り込んだ。


「あ、そーいう事言うなら食べなくたっていいんですけど?2人で食べようねー、みちるちゃん!」


斜め向いからずいっと身を乗り出して直人がぬっと顔を近づけてきたので、みちるはビクッと肩を震わせた。


「近すぎ、離れろ」


全く。悠介に制止され、チェッと言いながら渋々と席に腰を下ろす。ーー身体は大きいが、人懐こくてお茶目な先輩。そんな直人は、みちるの事などまるで憶えていないようだった。


「けど、綾の友達にこんなかわいい子がいたなんてね。今日来て良かっただろ?なぁ、ユウ!」


手にしたハンバーガーにかぶりつきながら、直人は悠介の背中をピシャリと叩く。


悠介は無反応だ。相変わらず口にはポテトフライばかり入れて、時折それをジュースで流し込んでいる。


(な、なんか反応して欲しいんですけど…)


上目遣いでちらと見るが、彼はこちらを見ようともしない。


「悪かったわね、私の友達がこんなに可愛くて。気にしなくていいよ、みちる。悠介はね、可愛い女の子に弱いんだから。特にみちるみたいなピュアっぽい子とか」


ポーカーフェイスを決め込んでいる悠介を見兼ねて、綾が口を挟んだ。


そのさりげないフォロー…さすが親友、神降臨。


「そーそー、だいたい来ないから。女子が絡むと面倒とか言っちゃって。マザコンだからすぐ家帰るし」


「うるせ、誰がマザコンだよ、コロスぞ」


言われっぱなしの悠介が冷ややかな目つきで直人を一瞥し、そんなたわいもないやり取りを見て、みちるは何となく胸をなでおろした。


(屋上での話もあるけど、次元の違う話されたらどうしようかと思った…)


緊張が解れてきた所で、自分からも話を振ってみる。



「あの、3人はどうして知り合ったんですか?」


「ああ、それ?私が2年のとき、生徒会の副会長やっててさ。その時の会長が悠介だったの。でも、あの時の悠介は直人と遊んでばっかで、よく生徒会サボってたよね〜」


「へっ?サボったりなんてするんですか…?」


生徒会長というのは納得が行くが…市内で5番の優等生が、その会議をサボるとは。

思わず真向かいに座っている悠介をまじまじと見つめると、彼は短く咳払いをして、バツが悪そうに視線を逸らした。


「そうよ、だから私がいつも悠介を追っ掛けてたの。会議には来ないし、でも何か企画が上がっても会長のOKが無いと始まらないし。来ても直人とスグどっかに行っちゃうし…」


「あ、そうか。だから悠介は女子が苦手なんだな。綾みたいな怖え女に追っ掛けられたんじゃあ…」


「だろ?あの時の綾は、怖かった」


唇の端を僅かに吊り上げ、二人の男子は仲良くうんうんと頷く。


「ちょっと、誰が怖い女よ⁉︎アンタらが邪魔したり、真面目にやらないからでしょうが!」


「あ、すまん、訂正。今もだ、つえーし」


声を荒げる綾を尻目に、悠介は顔色も変えず、しれっとしてカップに挿した白いストローに口を付けた。


が、


「あ、だから先輩は綾に頭が上がらないんですね!」



お返し!とばかりにみちるの放ったその一言は、かなり的を得ていたようだ。彼は飲みかけたジュースを吹きそうになり、激しくむせ込んだ。


(ふーんだ!ザマミロ!)


「アハハッ!みちるちゃんナイス!いいツッコミ。」


「まぁったく。市内で5番目に頭いいクセに、もっと気の利いたこと言えないの?」


「あー、アレは…奇跡…だ…」


ゲホゲホと豪快に咳きをしながら、悠介は耳まで真っ赤にしている。


「んな事ないだろ、おまえの兄ちゃんだってメチャクチャ…」


そこまで言いかけて、直人があ、と口を濁した。


「ああ、そうだね。悠介確かお兄さんいたよね。今何やってるの?」


「…学生」


綾の問いに短く答えると、悠介はふいとそっぽを向いた。その時、若干彼の顔つきが険しくなったのを、正面にいたみちるだけが見ていた。


(あれ?今一瞬顔つき変わったような…さっきまでムセてたからまだ苦しいのかな?)


「ちょっと飲みモン買ってくる」


そう言い残すと悠介は立ち上がって、1階のカウンターへと降りて行った。




























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