第14話 みちるside
何が何だか分からない…
一体何なの?
どうしてなの?
どうして私だけなの?
あの子もその子もどの子もみんな、
みんな幸せそうで…
…あの人だって。
そう、少なくとも、
あの人はこんな…
こんな真っ白な世界では、生きていないと思う。
窓際の席。初夏の日差しに晒されて、白い「それ」は、みちるの前でさらに眩しい輝きを放っていた。
(赤点決定だわ…)
期末テスト最終日、これが終われば後はもう、夏休みを待つばかり。
だが決して、現実は甘くない。
予想以上に余白が多い。みちるは青ざめた。
真っさらとは、まさにこのこと。
(数学は苦手なままなのね…)
「声は変わったのに」
「えっ?何が変わったって?」
不意に背後から声がした。集めた回答用紙片手に、親友・内川綾が直ぐ後ろに立ってこちらを見ていた。
「あっ、ううん何でもないよ、彼氏が出来て、香奈がますます可愛いくなったな〜なんて」
「香奈?変わったって言うか、元から可愛いいしね〜」
ホレ出して、と、差し出された白い綾の手に、裏返した自分の回答用紙をおずおずと託す。
「まいど〜」
バチッと器用に片目をつぶって、長い睫毛で茶目っ気たっぷりのウィンク。…余裕綽々といったところか。
今回のテストの出来も悪くなかったのだろう。綺麗に伸びた髪を揺らめかせ、教壇へと向かう彼女の背中を見送って、みちるは机の上にパタリと突っ伏した。
「あーぁ」
窓の外に吐き出すように溜め息をつく。
数学はもちろん、他の教科もさほど出来た訳ではなかった。無論、誰のせいでもないが…自分の不甲斐なさに、ほとほとやりきれなくなる。
(見た目からして頭良さそうだもんなぁ、綾は)
彼女の場合、特進科にいてもおかしくはない。比較しても仕方ない。分かってはいるのだが。
(特進科かぁ…)
…あの人も、きっと特進科の人なんだろうなとふと思う。
思い出して、ドキリとした。それはあの日屋上で、絶望の淵に立たされた時に出会った一人の男子生徒。
はっきりとは思い出せないが、同じ高校生とは思えない大人びた雰囲気を纏っていた。何となく品があるというか、いかにも利発そうというか。
けど自分を見ていたあの瞳は、どこかあどけなく…一言で言うならそう、
(好奇心いっぱいの、小さな子供)
大人と子供が背中合わせになったような、不思議な人。けど、彼がかなりモテそうだという事は、いくらみちるがその手に疎かろうと、分からないはずもなかった。
ーーそして、『彼』の興味の対象が何であるかも…
(あの人もjetstreamのファンだよ、きっと)
いや、絶対に、だ。
自分で自覚していたかは分からないが、あの時彼から伝わってきたものは、まさに驚きと歓喜そのもの。
『待って』と自分を呼び止めていたが、そのあとはきっと根掘り葉掘り質問され、挙句歌を歌うようにせがまれていたかも知れない。
会いたくない、と思う。
あんなにカッコイイ人に会いたくないなんて、普通ならおかしいと自分でも思う。
が、しかし、彼の期待に応えることは、今の自分にとっては絶望そのものなのだ。
あれから2ヶ月。
少し歌ってはみたが、やはり以前と同じ声で歌うことは出来ない。
その変わり、タツヤのような声を出すことも出来なかった。もう一度、もう一度あの声を出すような事があればーー今度こそ自分は、立ち直れなくなるーー。そんな強い恐怖心が、どこかでブレーキをかけていた。
音楽の授業では、声が裏返らないように低い声で歌った。
もちろん、憧れていた声楽部は門すら叩いていない。親には喉の調子が悪く、入部は少し後でと話して。
家族にも、先生にも友達にも、誰にも言えずに蓋をしていた。どう説明すればいいのか、みちるには全く分からなかった。
知っているのは…あの人だけ。
あの人が、誰にも言っていなければ。
(ユウ、とか呼ばれてたな…)
「おい!ユウ、早くしろって!」
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