第11話 悠介side

『何でも器用にできるのね』


そう言って、大抵の大人達は、小さな彼の頭を撫でる…時に優しく愛でるように、時に豪快にグシャグシャと。


どちらにしても。


17才となった今、さすがに頭を撫でられる事は無くなったが、そう言われる事は逆に増えたような気がする。



特にこの間の模試で、市内5位なんて結果を出した直後からがまた酷い。



(アイツが勝手にバラすから…)


「アイツ」とは、小学校以来のお喋りな幼馴染の事である。


お陰で昼休みになると同じクラスはおろか他の学年女子からも声をかけられ、教室だろうが学食だろうが自分の隣を巡って無言の火花を散らすので、全く気が休まらない。



いつしか彼は少しでも安らげる「安住の地」を求めるようになり、結果流れ着いた場所が「ここ」だった。





「あー…」



昼食を食べ終え、寝転んだのは硬いコンクリートの屋根。その寝心地は自室のフローリングと比べても決して良い訳でもなかったが、学食や教室で女子らが醸し出していたあの独特の空気の中に居るよりは、はるかにマシだ。


生きた心地がする…とまで言えば、さすがに大袈裟かも知れないが。


とりあえず、大の字に寝ようが何だろうが、邪魔する者は誰も居ない。校舎の屋上を独占して、彼は自分に与えられた「自由」を満喫していた。






ふと目をやると、視界の端に東の方角を目指して飛んでいく一機の飛行機が見える。


その後方に、小さくたなびく白線状の雲。



「jetstream…」


流暢な発音で、時田悠介は呟いた。


その吐息で吹き消されたように、jetstreamはすぐに空へと溶けていく。


「飛行機雲、か…」


晴れ渡った4月の青空に、浮かんでは消えていく真っ白な雲。その儚さが、忘れかけていたある人物を思い出させた。



ジェットストリームというバンドの歌うたい……タツヤ。


他に類を見ない独特な歌声とルックスで一躍有名となり、多くの人々を惹きつけた。悠介もその一人。



タツヤの声が好きだった。勝手だが、なぜか何となく、彼のそれと自分がものが、いつからかダブって見えるように感じた。それがまた嬉しくて、その才能を余すこと無く見せつけてくれたあの時のタツヤは本当に輝いていた…


(なのにな……)


タツヤはもういない。不意にやり切れない思いに駆られて、溜め息をついた。


そんな彼の聖域に『誰か』が進入してきたのは、その直後のことである。



バンッと鉄の扉が叩き付けられる、大きな音が背後に響いた。ビクリと身体が反応する。


塔屋の反対側…誰かが来たようだ。


もしかしてと、嫌な予感がして、悠介は壁の向こう側をそっと覗く。



…一人の女子の姿があった。さっぱりとしたショートカットで少しボーイッシュなイメージ。何かあったのか、荒く息を上げながらフラフラとフェンスに歩みよると、その場にガックリと膝をついた。



(何だ?失恋でもしたのか?)


醸し出される雰囲気に、すぐさま思い付いたのはそんな単純な憶測。自分を追っかけてきた訳でもなさそうだし、あまり見ても盗み見しているようで気が引けた。そっとしておこう。悠介はそう心の中で呟き、元の場所に戻ることにした。



再び、コンクリートの硬い床に寝転ぶ。


「ふぁ…っ」


真昼の陽に晒されたコンクリートは適度に温まっていて、ついつい微睡そうになる…そんな彼の耳に、心地のよいオルゴール音が微かに響いてきた。曲目はジェットストリームの「open sky」。ひと眠りするには丁度いい。



(放送委員GJ、そしておやすみ)


春風が頬を撫でていく。悠介の意識は既に半分落ちかけたいた。


が、しかし。


(ーーって、何だ⁈)


神様は、そう簡単には彼を眠らせてはくれなかった。校内放送のボリューム音がなぜか一気に上がって、驚いた悠介は閉じていた目を見開いた。


自分のいる屋上まではっきりと聞こえてくるのだから、下は相当なんじゃないかと思うそれは、しかしなかなか治らない。



(何やってんだ?放送委員)


フェンスに近づいて、悠介は階下を見やる。




ーー否、


見るはずだった。



意に反して、彼の視線は下ではなく横を向いていた。





憧れていた歌声が、そこにあった。


聞き間違えかと一瞬耳を疑った。あの独特のハスキーボイス…透き通るようで、瑞々しい。


もう二度と、生で聞くことはないと思っていたその声を



すぐ隣で、真っ直ぐな眼差しで



(な……)




歌っていたのは、さっきの女子。




そう、女だった。









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