第10話 空のうた
考えてもみなかった。
こんな風になるなんて。
自分が一番得意な事を
自分自身の好きな所を
一瞬にして、失くしてしまった。
挫折、絶望、失望、虚無…
真っ暗闇の心の底から
パサパサに乾いた砂漠の砂のような希望が、止めどなく溢れ落ちていく…
それを止める方法を
それを越えていく方法を
この時の『私』はまだ知らない。
それから何分経っただろう。
膝をついてフェンスに手をかけたまま微動だにしなかったみちるの耳に、階下から、それは微かに聞こえてきた。
(これって……)
次の予鈴が鳴るまでの間、放送委員が適当に選曲をして流す、校内放送のオルゴール曲…
去年、発表と同時に大ヒットしたジェットストリームのシングル、
(open sky…)
『何も言わず 俯いて 広がる青空にさえ気づくこともなく
けど 僕は待つ 君があの空に 再び虹を架けるまで
一人じゃ嫌だというのなら
共に描こう 遠くまで 大きな虹…』
友に向けて歌ったのか、それとも好きな人へのそれなのか、空を人の心に見立てて歌った曲だ。
「君だけの空に……」
耳にしたのは久々だったが、気に入ってよく聞いていたので、サビの部分だけならまだ歌詞を覚えていた。
けど、今この曲を聴くのはさすがに辛すぎる。
目尻に滲んだ涙を拭って、みちるがフェンスから離れようとした、
まさに、その時。
放送委員のミスなのか、突然ボリュームが上がり、曲は屋上にいるみちるにもハッキリと聞こえてきた。
「なっ……」
思わず足を止め、振り返る。
瞬間、向かいから吹いた暖かい春風がみちるの髪を揺らし、僅かに耳を掠め、そっと囁いた。
『歌ってよ』
(…えっ?)
「タツ……」
ハッとして辺りを見回したが、いつかの様に彼の姿がある筈もなく、その声ももう聞こえない。
青空のした、聞こえてくるのは高校の昼休みらしい喧騒と、それに負けじと響いている異常な音量の校内放送…
屋上まではっきり届くのだから中では大きすぎるであろう真昼の校内放送は、しかし、何故かそのボリュームを保ったまま流れ続けている。
そして再び、サビメロの直前。
ドクンと、心臓が高鳴った。
(本当に入れ替わっていたとしても…)
自分が持っているのは、タツヤの『死んだ声』であって、稀だ逸材だと騒がれていた当時と同じものが出せる確信などなかった。
…それに仮に出せたとしても、それが自分にとってよい結果だとは言えないのだ。
が、この時は半ばヤケクソになっていたのかも知れない。
(どうせ掠れた声しか出ないのなら…)
歌ってやるーー
覚悟を決めて、みちるは大きく息を吸い込んだ……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。