14 暗雲ランチ(2)




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「誰かさんが起こしてくれなかったから、寝坊しちゃってお弁当忘れちゃうし、購買のパンじゃ全然足りないしでもう大変だったんだよねぇ、うまうま」


 食べ物を前にすると人は饒舌になるのかもしれない。


(ついでだし、涙条るいじょうさんともうちょっとコミュニケーションとってみるかな……?)


 助っ人として巻き添えにしようかと小影がそちらを見れば、何か察したらしい乙希いつきと目が合った。小刻みに首を横に振る。それから、なぜか顔を伏せる。

 どうしたのかと思えば、ちょうどこちらにやってくる人物と視線がぶつかる。


宮下みやしたくーん」


 到辺とうべめぐるがやってきたのだ。真射またがまた一段と嫌そうな顔をする。何かを念じるかのようにジッと廻を凝視し始める。


「あっちいけ……」


 露骨に態度に出ていた。しかし廻は気付いた様子もなく、小影たちのもとにやってくる。


「何……? 到辺さんお昼は食堂だったんじゃないの? まあ別に構わないけどね、いっぱいあるし」


「ち、違うよ、わたしもうお腹いっぱいだからっ。これ以上食べたら太っちゃうよ」


 廻の言葉に、


「ぐふ……ごほごほっ」


「おい夏美なつみ、到辺に食われる前にと急ぐから喉に詰まらせるんだ」


「違うわ! もっと女の子的な理由でむせたんです!」


 少し離れた自身の席で昼食をとっていた郷司さとしに怒鳴ってから、夏美は急に居住まいを正してハンカチで口元を拭う。そんな彼女にきょとんとしながら、廻は近くの空いている席に座って、


「あ、でもデザートは別腹だよねー」


 ちゃっかりフルーツを頂く。


「そ、そうだよ、別腹、別腹……あははは」


仄見ほのみさんの別腹はいっぱいあるんだね。……というか、到辺さん? 何か僕に用があったんじゃないの? たとえば……」


 小影は教室の入口に目を向ける。


「誰かに僕を呼んでくるよう頼まれたとか」


 上級生の教室だからか、居心地悪そうにそわそわしているお団子頭が見える。


「あ、そうだった! 篠実しのみさんが話あるんだって!」


「これだから君は面倒なことに巻き込まれたりするんだよ……」


 視界の端で乙希がこちらを見ていた。小影ではなく、廻の方だろうか。


「え? わたし面倒……?」


「面倒」


 ここぞとばかりに呟く真射に苦笑しつつ、小影は席を立った。


 廊下に出ると、落ち着かなげに待っていた篠実雛多ひなたの表情が和らぐ。


「ごめんね、待たせちゃってさ」


「いえ……。というか、先輩モテますね。お邪魔でしたか?」


「そういう訳じゃないんだけどね。食べ物があったからじゃないかな」


「餌付けですか……」


「それより――」


 雛多がやってきたのは、昨日の件だろう。教室での結灯ゆうひの様子を訊ねたのだが、特に親しくもないのでよくは知らないということだった。喋らないことを不自然には感じていたらしいが、その程度だ。


 そこで小影は雛多に、結灯の様子を探ってきてほしいとお願いしたのである。

 一応、守秘義務のようなものを意識して雛多には詳しい事情を伝えず、結灯が喋れない『呪い』を患っているからどうにかしたい旨だけを教えて――といっても小影は他に結灯について知らないのだが――雛多に協力してもらった。


綴原とじはらさんのことだよね? 何か分かった?」


「分かったといいますか……普通に朝から見ていて――」


 結灯は基本的に無口で、一人でいることが多いため、喋れなくなったことにも周囲は気付いていないらしい。授業で教師に当てられた際も、首を横に振って『分からない』ということにして乗り切っているようだ。


「うちのクラスにちょっと柄が悪いといいますか、いわゆるギャルっぽい子がいるんですよ。そういうグループのリーダーみたいな立ち位置の。……これまであんまり気にならなかったんですけど、その子とは挨拶する仲みたいです。移動教室の時なんかも一緒にいたりして……といっても綴原さんは喋りませんけど」


「……その子、名前は?」


反井そりいさんです。反井麻知まち


「これは、また……」


 小影は思わず呟いていた。

 反井麻知。知っている名前だったのだ。


「いじめとかでは、ない?」


「そういう雰囲気じゃあないです。少なくともわたしの知る限りでは、うちのクラスにいじめはないかと……。けどなんていうか……これはわたしの個人的な感想なんですけど」


「なんでもいいよ。何か感じるものがあったのなら教えてほしい」


「どことなく、無理やり付き合わされてるっていう印象があって……反井さんがやたらと馴れ馴れしいというか……高圧的? なんだかぎこちない感じが」


 友達と言うにはどこかぎこちない、不自然さを感じさせる二人だという。


「まるであれです、同じ秘密を抱えた共犯者みたいな……」


「……面白いこと言うね」


 捉えそうではっきりとしなかった、謎の輪郭がようやく明らかになってきたような気分だ。雛多の感想が見事にその輪郭を形にしてくれた。

 とはいえあくまで彼女の印象に過ぎない。それだけで決めつけるのはまだ尚早だ。


「役に立てました?」


「うん? うん、充分だよ。あ、でも、もう一つお願いがあるんだけど……」


「なんですかっ?」


 こころなしか雛多がやる気のように感じる。今のも食い気味だった。その勢いに圧されながらも、


「綴原さん、ノート持ち歩いてるでしょ?」


「あ、はい。そういえば最近持ってますね。あれで会話してるみたいです」


「そのノートを見たいんだ」


「……プライベートですよ?」


 と言いつつ、雛多の顔にはやる気の色が窺えた。


「だけど……先輩も知ってると思いますけど、常に持ち歩いてるんですよ? あれ。話しかけてノートを開かせるにしても……」


 直前に結灯が反井麻知と話していれば、あとから雛多が話しかければ二人の会話の内容を覗けるかもしれない。しかしページを変える恐れもある。知られたくない会話なら特にそうするだろう。

 ただ、小影が知りたいのはそんな断片的な会話ではなく、あのノートの全てだ。


「昨日会った時ノートはもうほとんど終わりかけてたんだよね。今日くらいには……そろそろ新しいノートに替えるんじゃないかと思うんだ」


「あー……」


 雛多の視線が宙をさまよう。


「……確かに」


「だから、もしかすると古い方のノートが鞄とか机とかに入ってるかもしれない。それをどうにか出来ないかな……?」


「ん……」


 頼むのは簡単だが、そうなると彼女は他人の鞄や机を探ることになる。本人に見つかるのはもちろん、他のクラスメイトに見られても問題になりかねない。雛多が渋るのも仕方ない。さすがにそう都合よくはいかないかと小影が諦めかけた時、


「考えてみます……」


 と、雛多は神妙な面持ちで頷いた。



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