13 暗雲ランチ(1)




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 最後の一日は穏やかに過ぎていった。


 めぐるたまきの一件のようなことを想定しているのか、真射まいもおかしなことをして小影こかげを疲れさせまいとしている……のなら助かるが、案外何も考えていないのかもしれず、あるいはもう諦めているのかもしれない。


 いずれにしろ、小影は放課後に決着をつけるべく、着々と根回しを進めていた。

 朝のうちに郷司さとしと話をし、将悟しょうごにも協力を頼み――昼休み。


 隣にやってきて手作りのお弁当を広げている真射に断ってから、


涙条るいじょうさん」


 自分の席でもそもそと美味しくなさそうにお弁当を食べている乙希いつきに声をかけた。

 普段は将悟と食べていたらしいが、この数日はそれを断られてトイレや中庭、教室で一人お昼をとっているようだ。


宮下みやした……くん」


 昨日もそうだったが――いや、昨日以上に、今日の彼女は陰鬱としていた。肌も青白いし、こころなしか頬もこけて見える。きれいな黒髪も手入れを怠っているのか、ところどころ跳ねていて野暮ったい。何よりこちらを見上げる瞳が暗い。


(また一段と……)


 そのどんよりした空気を晴らそうと昨日もいろいろ励ましてみたのだが、


本正ほんまさくんは本心から嫌ってる訳じゃないとか、天王寺てんのうじさんがうまくノロケ話を引き出したりしてくれたんだけど……)


 所詮一時しのぎに過ぎなかったようだ。

 しかし、それも今日で終わりだ。

 今日で終わらせる。


「私……」


 乙希が消え入りそうな声で呟く。


「呪われてるんでしょうか……」


「……どうして?」


「宮下くんが話しかけてくるから、です……」


「……それじゃまるで僕が何か悪いことしてるみたいだね……」


「いえ、そういうつもりじゃ……ごめんなさい……頭悪くてごめんなさい……」


「……っ」


 小影は頭を抱えそうになった。励まそうとこちらが話しかけるほどに乙希は自己嫌悪に陥っていくのだ。


(まあ、呪われてるといえば呪われてるよね――自分にさ)


 今朝、登校中に真射に訊ねられた。

 呪われているのは乙希なのか、それとも将悟なのか、と。


 傍からすれば、これまで親しくしていた乙希相手に突然暴言を口にするようになった将悟の方こそ呪われていると思うだろう。一方、乙希の方もだいぶ変わっている。泣き上戸だしネガティブで、かと思えば時折大胆にものを訊ねたりするのだ。


 どちらも呪われているのかもしれない。

 正直、小影自身にも分からない。


(……今回はだいぶ特殊なケースだ)


『呪い』そのものもそうだが、その決着も、想定する理想の形に収まるかは怪しい。

 解決策を考え準備を進めているものの、どう転ぶか分からず、失敗すれば廻の時以上に厄介な状況に発展する気がしてならない。


 だけど――


(誰かに苦痛を強いるような関係を続けるよりは)


 こうすることが最善だと思うから。


「涙条さん、放課後空いてるかな?」


「……?」


 怪訝そうな顔をする乙希である。小影は自分の台詞に苦笑しながら、


「演劇部の見学をしにいかない?」


「でも……」


 将悟が唯一許さなかったことだから、気にはなっても素直に頷けないのだろう。


「本正くんが、見に来てほしいって言ってたんだ」


「…………」


 たとえそれが嘘でも、誘われたから、騙されたから仕方ないという口実が出来る。


「……それなら」


 躊躇いがちに、しかし乙希はしっかりと頷いた。




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 これで今できる準備は全て整った。


「とりあえず気力を回復しよう……」


 将悟の時とはまた違う疲れを覚えた小影は、真射がお弁当を広げて待っている自分の席に戻る。


「お前らは学校でピクニックでも始める気か」


 などと郷司に言われるような内容のメニューが展開されていて、少しだけ気後れした。


「どちらかというと運動会だよ。やたらとデカい風呂敷持ってると思ったら……」


 おにぎりにサンドイッチという主食級から、だし巻き卵にたこさんウインナー、サラダ、から揚げにコロッケという重量級おかず、デザートに各種フルーツまで……昨夜ベッドに入り込んでこなかったのは単にこの準備をしていたのではないかと思ってしまうような量である。


「さすがに僕一人……天王寺さんと二人でもこの量はキツくない……?」


「助っ人を呼ぶか?」


 郷司が参戦してくれるかと思いきや、


「あげる分はない」


「……別に俺はそこまで食い意地張ってない。ほら、そこに腹を空かせた運動部がいるだろう」


「誰のせいだと……。ていうか! アタシだって人のお昼食べるほど食い意地張ってないよ! だけど、まあ、余るくらいなら……」


 というわけで、夏美が協力してくれることになった。


「この卵、辛くない?」


「文句言うなら食べるな……」


「やっぱり君の味付けは濃いんだよ。サラダは良い感じなのに……」


「濃いは恋の味……」


「あ、ほんとだ、このサラダいいかも。さっぱりしてるけど、味わい深くて満足感ある……ダイエットに向いてる感じ」


 既に昼食を済ませているにもかかわらず、さすが運動部というべきか、夏美はぱくぱくと次々に料理を頬張っていく。そのたびに真射が嫌そうな顔をするが、余るよりはマシである。



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