09 厳しい言葉(2)




         ×



「――君も君だよね」


「?」


 食堂から教室に戻る道中、隣を歩いていた小影こかげの言葉に真射まいは首を傾げた。


「半端な協力は困るんだよね。僕にひとの『呪い』を解かせようとしてる節はあるのに、話を聞こうとしてたら相手を威嚇したりして……変なこと言うから開野ひらのさんが引いてたじゃないか」


「む……」


 事実だが、素直に受け止められずむすっとなる真射である。


「あの二人も……開野さんだけ積極的で、呪われてる綴原とじはらさんは何かを隠してる。それじゃ困るのに」


「……けっこう、厳しいこと言ってた」


 食堂での一年生二人の様子を思い出し、真射は感想を述べる。

 彼女たちに同情するでも、小影を批難するでもない。

 彼の事情を知った上での、感想だ。


「そうかな。……そうかもね。だけど事実だよ。だって、、その彼女が協力してくれなきゃ僕には何も分からない」


 小影は朋佳ともかに発破をかけたのだろう。本当に解決したいのなら、まず結灯ゆうひをその気にさせることから始めるべきだと。

 厳しく言うのも、二人のため――と、そこまで思い至ったところで、真射は抗議の声をあげる。


「でも小影のあの子たちを見る目は怪しい」


「……君ねえ……」


「なんで面倒見るの」


 呪われているから放っておけないというのもあるのだろうけれど――


「……放っておけないって気持ちも、無視できるはず」


 真射は拗ねたように呟く。


 小影が話していた――『絶対理性』。

 もしそれが本当なら、これまで自分のしていたことは全て無駄だったということになるのだから。


「無視っていうか……制御できるってだけだよ、他人から向けられる想念に対する、自分の心をね。これは『呪い』に対する抗体であって、別に僕の中から心ってものが失われたわけじゃない。僕だって困ってる人を見たらどうにかしてあげたいって人並みには思うよ。そもそも、本当になんとも想わないなら、わざわざこんなことしないしね」


「…………」


「ただ、僕はそうした自分の中から湧き起こる感情を、その気になれば律することが出来る。人より冷静になるのが早いってところかな。そうするのが最善だと分かってるなら特にね」


 では、小影がこれまでのアタックに動じなかったのは単にインパクトが足りなかったということだろうか。


(もっと大胆にいけば……?)


 それこそ、自分の理性を無視するくらいに。


「…………」


「それに、あんな風に催促されたら感情とは関係なしに困ってるんだろうなって……少なくとも開野さんは『呪い』をどうにかしたいって思ってるんだって分かるよ。頭で判断できる」


 だからどうにかしたいとは思うけれど、実際のところどうにも出来ないから普通につらい、心苦しいのだと。


(どうして)


 ――そこまで、赤の他人のために?


 報酬の食券なんて、小影にとって労働に対する見返りとしては不十分なはずだ。メリットなんてないのに。それも、あんな散々なことを言う彼女のためにどうして『どうにかしてあげたい』なんて思えるのだろう。してあげられないことを悩むほどに。


 いくら『自分のせいかもしれない』という負い目や責任感があるにしても――


(……私は)


 そこまで頑張れない。


天王寺てんのうじさん?」


「……小影が頑張るのは、やっぱり、あの子たちに気があるから。だから私にも反応しないんだ……ロリコンだから」


「急に黙り込んで、何を言い出すかと思ったら……ひとの気苦労も知らないで」


 最後の方は何を言っていたのかよく聞き取れなかった。


「ともかく、一度引き受けたからには、なんとかしない限りいつまでもああやってクレーム言いにきそうだからね。そりゃあ僕だって頑張るよ」


 それで周りにどう思われようと、小影自身がその評判に一番なんとも思わないのだろうけれど――妙な噂が立てば、本当に『呪い』に困っている人が助けを求められなくなるかもしれない。


「だけど、僕がいくら頑張ってもね……。呪われてる当人の協力が得られないんじゃ……こっちは外堀から埋めていくしかない。その外堀だって部外者の僕には調べられることに限りがあるから困りものだよ」


 考えがループするくらいには手詰まりなのだろう。


「押してダメなら引いてみる」


「そのこころは?」


「明日はお弁当にする。そしたらこない。そのまま無視」


「……それは単純に君があの子たちを追い払いたいだけなんじゃないかな……」


 まあ、少しは考えてもらういい機会になるかな、と小影は呟き、教室に入る。


「その間にこっちの問題を片付けようか」


 と、もそもそ一人で昼食をとっている、朝から陰鬱としている涙条るいじょう乙希いつきに声をかけるのだった。



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