08 厳しい言葉(1)




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 その日は食堂でお昼をとっていたからか、まるで借金取りのように例の一年生二人が小影こかげの元にやってきた。


 二人がやってきたというよりは、朋佳ともか結灯ゆうひを引きずってきたという印象だったが、朋佳がいれば結灯はいてもいなくても実際のところ関係ない。


「このただ飯喰らい! ヒモニート! えっとえっと……泥棒ねこ!」


 やってきて早々、朋佳が散々なことを叫ぶ。周囲のテーブルで昼食をとっていた生徒たちの視線が集まると、隣の席に座っていた真射まいが威嚇するように睨みをきかす。小影はどちらに対しても頭を抱えたかった。


「君は先輩相手にあることないことずいぶん失礼なことを言うね……。まあ気持ちは分かるけど、これは君らとは別件の報酬によるものだから」


「そんなのどっちだっていいです! それともあれですか? 暗に報酬が低いからあたしたちのことは後回しだって言ってるんですか!?」


「そうは言ってないけどさ……ちょっと落ち着こうよ」


 むすっとした表情で小影の対面の席に着く朋佳である。ばたん、と音を立てて置かれるうどんの載ったトレイ。自分の昼食を持った結灯がその隣に座る。


「あれ? 開野ひらのさん、それだけ? ダメだよ、ご飯ちゃんと食べないと小さいままだよ。……というか、お腹空いてるから怒りっぽいんじゃないかな」


「失敬な!」


 一つにまとめた長い黒髪を尻尾のように揺らして、朋佳はさぞご立腹なようだが、怒られている小影はなんだか微笑ましい気分になる。


「それで? 昨日はこなかったよね。もしかして何か……進展でもあった?」


「進展ってなんですか! それ悪化って言うんじゃないんですか!」


「改善することもありえるからさ」


 やっぱり空腹なのか、朋佳はうどんをずずっと啜ってから、


「昨日は……先輩たち、教室でお昼食べてたじゃないですか」


「あぁ、なるほどね……」


 人目を気にしないように見える彼女も、上級生の教室に乗り込むのには躊躇いがあるらしい。小影は今はいない友人を思い出した。


「小影が小さい子を見てにやにやしてる……」


 真射が恨めし気な顔をしていた。


「委員長と仲がいいのは同じ趣味があるから……」


「恐ろしい語弊を招くからやめてくれないかな」


 小影はため息をついてから、朋佳に向き直った。結灯はその隣で黙々と昼食を平らげている。喋らないからまるで存在感がない。


「それで、特に進展はないんだね?」


 ないように見えるが――結灯が食事の手を止めてノートを開く。ペンが挟まれているのはノートのだいぶ後半。もうすぐ一冊使い切りそうだ。


『特にないです』


 らしいので、小影は朋佳を見やるのだが、


「だったら何なんですか! むしろ何かある前に解決してくださいよ!」


「……そうしたいのは山々なんだけどね」


「また他の依頼ですか! その人はなんですか? 解決しないと死ぬんですか!?」


「死にはしないけど。放っとくと取り返しがつかなくなりそうなんだよね」


「やっぱり他の依頼を……」


 ぐぬぬとでも唸りそうな朋佳である。一方で結灯は早々に食事を終えて一息ついているから、小影としては困りものだ。

 呪われている当の本人がこうなのに、その友達だけが気炎を揚げている。


「そっちも……たとえば、舞台に上がらなくちゃいけないとか、急を要するんだったら僕ももうちょっと頑張るんだけどね」


「それでも『もうちょっと』なんですか! もしかしてナメてます? 一年だから別に後回しでもいいって思ってます!?」


「――じゃあ言うけど」


 少しだけ口調を強めに、小影はなおも何か言い募ろうとしていた朋佳を遮る。


 すると、


「……っ」


 目に見えて彼女の表情が固まるのが分かった。お互いの間に落ちた沈黙に小影の方が戸惑うくらい、朋佳にとってはよほど衝撃的だったらしい。


 朋佳は口を半開きのまま、結灯は唇を結んで小影の次の言葉を待っていた。

 一呼吸おいてから小影は告げる。


「はっきり言って、情報不足なんだ」


 まるでその言葉が染み込んでいくように、朋佳の唇が力なく閉ざされていく。


「開野さん、君は早く解決してほしいってことを急ぐけど、君は綴原とじはらさんがどうしてこうなったのかその理由に見当もつかないし、クラスも違うから最近の彼女の事情を詳しく把握しているわけでもない」


「…………」


「そして綴原さんは喋れないから伝えられることに限界があるにしても……」


 テーブルの上に置かれた、結灯の会話用ノートに目を向ける。


「それ、見せてくれないかな? 君が普段クラスで誰とどんなことを話してるのかを知りたいんだけど」


「…………」


 プライベートな会話も含まれているからだろう、結灯はノートを手元に引き寄せてから、小さく首を横に振った。


「ほらね」


 小影は二人から視線を切って、隣の真射に愚痴をこぼすように呟く。


「協力が欲しいのにそれが得られない。呪われてる当の本人がこれじゃあさ……。開野さんだけ『呪い』を解くことに積極的でも、どうしようもないよ」


 朋佳がしゅんとうなだれるも、小影はフォローしない。ほんの少しの罪悪感は抱いても――無視していればそれも薄れるから。小影は黙って昼食を再開した。


 周囲の喧騒が白々しく思えるような、そんな沈黙だけが残された。



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