07 苦手がこじれて




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 その日の放課後も演劇部を見学し――


将悟しょうごくん……あの……」


「……帰るんだろ」


 真射まい小影こかげは、一緒に帰る乙希いつきと将悟の二人を見送った。

 夕陽が作る二人の影を見つめながら、真射は呟く。


「……帰るんだ」


「帰るみたいだね。じゃあ僕らも帰ろうか」


 それから、帰路につく二人の後を追いかける。


「こういう時に天王寺てんのうじさんは便利だよね」


「私は、都合の良い女じゃないからね? けど、重くもない」


「……それは自分で言ってて矛盾を感じない?」


 乙希と将悟の後をつけるには、一人だと不審に思われかねない。そのために真射の存在は便利だ、という話である。


「こういう時は恋人同士を装うのが定番」


 なので、真射はここぞとばかりに小影の腕に抱き付いた。


「君はいつもやってるよね、それ。……普通に帰り道が一緒になったって風でいいんだけど。あまり目立っても尾行にならないし」


 とはいえ、これは乙希の了承を得た上での追跡だ。乙希と将悟が二人でいる時の様子を探ることが目的である。乙希はそもそも一緒に帰れるかと不安げだったが、昨日の今日であるにもかかわらず、将悟はあっさりそれに応じた。


「不機嫌そうだけど」


「あれが彼のデフォルトなんじゃないかな。君だってそうなんでしょ」


「私は感情表現が苦手なシャイガール」


「……極端の間違いだよね。昨日も急に草枷さんに掴みかかったりするし……」


 なんにしろ、こちらの追跡が将悟に知られても、乙希がフォローするだろう。……出来なくても、それはそれで今回の目的には適っている。フォローしようとする乙希に対して将悟がどういった反応を示すか。小影はそれを調べたいらしいのだ。


 しかしここまで、二人の間に会話はない。まるで冷め切った恋人同士のようだ。静かな住宅街に入るとその印象がいっそう深まる。


「……あの二人、いつもあんな感じなのかな」


「愛があれば言葉はいらない」


「だから僕らは情報共有するんだね」


「? それっていいこと?」


「さあね」


 などと話していると、会話もなく歩いていた前方の二人の様子に変化があった。


 将悟に少し遅れてついてきていた乙希が、意を決したように顔を上げ、彼の背中に一歩近づいたのだ。


「……将悟くん」


「……?」


 将悟が歩きながら軽く振り返る。乙希が足を止めると、将悟も歩みを止めた。


 真射は小影に袖を引かれ、ついさっき通り過ぎた電柱の元まで引き返してそこに隠れた。夕陽が伸ばす影にうまく紛れられているだろうか。隠れられてないならもっと密着する必要がありそうだ。


 しかし、見つかる心配はなさそうだった。


「……なんだ」


 将悟の意識は乙希だけに向けられているように真射には思えた。

 そんな彼を、乙希が真っ直ぐに見上げる。

 夕陽を浴びて見つめ合うような二人。乙希が口を開く。


「……将悟くんは……私のこと、嫌いになった……?」


 隣で「意外と大胆なこと訊くんだね」と小影が他人事のように感心していたが――


「――嫌いだ」


 静かな住宅街に彼の低音はよく通った。

 将悟の口から漏れたその一言にはさすがの小影もがく然としたようだ。思わずといったように真射の方を向く。二人は顔を見合わせる。


 ただ、驚いていたのは真射と小影だけではなかった。


「っ」


 まるでうっかり失言でもしてしまったかのように、将悟は自分の口を押さえて目を見開いていた。その表情からは明らかな動揺が窺えた。


 真射は首を傾げる。


「……条件反射?」


「まあ……到辺とうべさんもそういうところあるし。彼も一応演劇部だしね。だけど……」


 二人の視線の先では、例によって乙希が泣き始めていた。必死に堪えようと肩を震わせているが、その嗚咽ははっきりと真射の耳に届いた。


「いや、今のは……、」


 将悟がおろおろしている。何か言おうとして言葉に詰まり、苦々しそうに表情を歪めてからハッとする。鞄からスポーツタオルを取り出して乙希に差し出すが、乙希は両手で顔を覆っていて気付かない。


「ちが、違う……泣くな。いや……、……くそ」


 なんとか泣き止ませようとしているが、言葉が見つからないのだろう。口下手なのかもしれない。それでも彼は周囲を気にしたりせず、真っ直ぐ乙希と向き合おうとしていた。


「……本意じゃなかったみたいだね。何か……誤解でもあったのかな」


「『呪い』かも」


「そう決めつけるのは早計だよ。単純に彼が口下手なだけで、嫌いっていうのも実は別の意味があったかもしれない」


 たとえば……、と言いつつ、小影は続きを口にしない。まるで喋りながらも頭は別のことを考えているかのようだった。


 真射は続きを考えてみる。


(たとえば……『僕はお前の可愛すぎるところが嫌いだ』……とか)


 にへらっと頬が緩みそうになるが、そこはぐっと堪える真射である。

 未だおろおろしている将悟とぐずっている乙希を遠目に、真射は自分の考えを口にする。


「『天邪鬼になる呪い』……とか」


「そのこころは?」


「ん……あの二人を爆発させたい誰かが呪ってる」


 将悟に好意を寄せる第三者が、彼と乙希を別れさせようとして起きたものではないか。


「到辺さん、とか」


「彼女が人を呪えると本気で思ってる?」


「……幼馴染みキャラだから無意識のうちに」


「どういう見解かな、それは――」


 そうして話していると、泣きじゃくる乙希に苦戦していた将悟がとうとうこちらに気付いたようだ。気まずそうな顔をしながらも、まるで助けを求めるかのようにじっと視線を注いでいた。


 小影はその様子に苦笑する。そして電柱の陰から歩み出ながら、


「人が嘘をつくのって、どんな時だと思う?」


「……?」


 突然の質問に戸惑う真射を置き去りに、小影は一人で先に行く。


「人が嘘をつく理由。……そもそも、彼のそれは嘘なのかな?」



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