06 すれ違いとストレート(2)




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 真射まい小影こかげと昼食をとっていると、涙条るいじょう乙希いつきが教室に戻ってきた。

 気弱な表情を浮かべ、どこかで昼食をとってきたのか小さな風呂敷包みを抱えている。


 さっきから郷司さとしめぐると話を聞いて回っていた小影が早速乙希にも声をかけようと席を立つので、真射もその後に続くことにする。


「なんでついてくるのかな」


「念のため」


「なんのためだかさっぱりだけど……」


 自分の席で溜息をついている乙希に近付く。小影が「涙条さん」と声をかけると、彼女はびくっと肩を揺らしてから、恐る恐るといったように顔を上げた。


「あ、えっと……」


宮下みやしただよ。宮下小影」


「……宮下くん」


 乙希のその反応に苦笑しつつ、小影は早くも本題に入る。


「君と本正ほんまさくんの馴れ初めっていうか……知り合ったきっかけが聞きたいんだけど」


「馴れ初め……」


「……ちっ」


 こころなしか嬉しそうに頬を染める乙希に、不快感を露わにする真射である。乙希が委縮する。


天王寺てんのうじさん、あからさまに嫌そうな態度しないの。君がいると聞けるものも聞けなくなるよ。……涙条さん、こっちは気にしなくていいから。まずは……そうだね、本正くんとはいつ頃から?」


 小影はスムーズに話を続ける。まるで真射の存在などまったく意に介していない風だ。こういう態度をとられると真射は邪魔したくなる性分である。


 睨みをきかす真射から視線を逸らすように目を伏せながら、乙希がぽつぽつと話し始める。


「二か月くらい前……まだ一年生だった時に……。お休みの日に、中学の時のクラスメイトと会いまして、あの……あれで」


「うん、それで?」


 絡まれるなりしていたのだろう。小影もそれを察したのか、特に追及はしない。


「いじめられてたの?」


 真射はする。


「う……」


 乙希が言葉に詰まると、小影が横目で睨んできた。


 しかし。


「うん……。だけど、将悟くんが助けてくれて……」


「……ちっ」


 なんだか乙希の気分を盛り上げる助けをしてしまったようだ。


「じゃあそれ以来の付き合いなのかな?」


「です……。だけど名前も知らないまま、そのまま二年生になって、ずっと気になってたら、学校でたまたま再会して……」


 無口な彼とこの気弱な彼女が、再会したとしてどうやって今のように一緒に帰る関係にまで漕ぎつけたのだろう。他人のノロケ話になど興味のなかった真射だったが、今は少しだけ関心を抱く。


「それで? 声かけたの? かけられたの?」


 自分から話の続きを促した。小影が不審そうにこちらを見やるが気にならない。


「将悟くんが……『この前は大丈夫だったか?』て、話しかけてくれて……っ」


 頬を押さえて赤くなる乙希である。真射も楽しくなってきた。

 乙希にとって将悟はまるで物語の中の王子様だ。交際してはいないようだが、乙希が将悟に好意を持っているのは明白だった。


「……女の子ってやっぱりこういう話が好きなのかな……」


 戸惑う小影を置き去りに、真射は乙希から将悟との馴れ初め、そして今に至るまでの経緯を聞き出した。


 遠くから見ているだけで自分からは声をかけたくても近づけなかった乙希に、将悟の方から休日の一件について訊かれ、心配された。放課後に一緒に帰るようになったのも乙希がまた悪い連中に絡まれないようにするためらしい。


 将悟は親切で、困っている人を見過ごせない性格をしているそうだ。帰り道にたまたま見かけた泣いている子供に声をかけ一緒にその親を探したり、横断歩道前で荷物に苦戦しているお年寄りに手を差し伸べたりと、まるで絵に描いたような……あるいはテンプレートな善人像そのもの。乙希が行動に移せないことを平気で実践してみせる。

 そしてとても紳士的で、人見知りする乙希にも気を遣い、乙希が思っても口に出せないことを察して叶えてくれる。


「だけど……部活の時だけは来るなって、見せてもらえなくて……」


「……ふうん?」


 それを聞いて、小影は何か分かった風に頷いた。


「そこに……何か見せたくないものがあるんだね」


「?」


 真射と乙希は揃って首を傾げる。小影の意図するところは分からないが、真射の中にはある懸念が生まれていた。


 部活といえば、到辺とうべ廻がいる。小影が郷司から聞いたところによれば、将悟は廻に気があるらしい。見せたくないものが――廻のことだとすると。


 乙希の話だけを聞けば、将悟は親切な男の子だが……将悟からしてみれば、乙希にていよく使われている、付き合わされているようにも思える。親切な彼は一度関わりをもってしまった彼女のことを見過ごせず、そのままずるずると今に至るまで関係を続けてきた――


(そんな折、到辺さんの前に小影が現れた)


 小影によって廻になんらかの変化があり、彼女はヒロイン役として華々しく舞台に立つことになった。

 それまで廻を裏方として陰から見守り、幼馴染みという関係に甘えて踏み出せずにいた将悟は、廻の前に現れた小影の存在に危機感を覚えたのではないだろうか。


 傍から見ても小影と廻は必要以上に親しげだ。少なくとも廻の方はそうだ。


(それに、これから到辺さんはデビューして、どんどん遠い存在になっていく……)


 だから将悟は、動き出すことにしたのかもしれない。

 そのためにまず、邪魔になる乙希との関係を断つところから始めた……。


(辻褄が合う……)


 小影も自分が二人の関係に変化をもたらすきっかけになったのでは、と話していたことだし……。


(単純に涙条さんが重くなっただけかもしれないけど)


 自分はそうならないように気を付けようと真射は心に誓った。



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