05 すれ違いとストレート(1)
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翌日――
「お前は今日もげっそりしているな」
「……そう見えるんならそうなんだろうね……」
登校してきた
「参考までに聞いておくが、
「やっぱり睡眠は大事だよね……」
「……そうか。運動部のくせに低血圧だからな。俺の起床に合わせるより、今後あいつには自分のペースで起きてもらうか」
「うん……? うん、そうだよ。早起きしたいんなら勝手にすればいいんだよ。それにひとを巻き込まないでほしいね。目覚まし使うんなら自分の部屋で寝てほしいよ」
「おい、妙な勘繰りをするのはよせ。俺とあいつはただの同居人……まあ一応家族だが、それだけであってそれ以上ではない」
「委員長は何を言ってるの……?」
「お前こそ何を言ってるんだ」
「?」
……と、かみ合わない会話をするくらい眠くて仕方なかったものの、それも午前の授業中爆睡していたお陰で、昼には清々しいくらいに回復していた。
「委員長、昨日の件でちょっといいかな?」
「お前、朝とはまるで別人だな。昨日の件というと……
「彼女なのかな……えっと……」
軽く教室内を見回してみるが、
(また何を言われるか分からないし、出来ることならさっさと解決しちゃわないと)
一年生二人の顔が脳裏をよぎる。実害の程度で言えば優先順位は向こうが上なのだが、『急がなくてもいい』という
……なんていう、そんな気持ちさえ薄れてしまうから困りものだ。本当なら、なかなか進展がなく正直投げ出してしまいたいというこの気持ちだけを消すべきなのに。
あわせる顔がなくて、今日の昼食は教室で、まるで自分に言い訳するように食券を使わず――というか真射が勝手に用意したお弁当を食べていた。
「まあ、ともかく……。本正くんについて聞きたいんだ」
「それなら昨日も話しただろう」
昨日はあの場に乙希もいたから、彼女を気遣い口にしなかったこともあるのではないかと思ったのだが、郷司の態度からすると昨日のあれが全てだったのかもしれない。
「じゃあ……部での彼の様子とか、立場みたいなことでもいいから、何かない?」
「本正は生真面目で無口なやつだ」
その一言で終わりかと思いきや、郷司は少し考えるような間を置いてから、
「初対面の相手や下級生からすると話しづらいような印象があるかもしれないが、こちらの話はちゃんと聞いてるし、必要なことしか言わないだけで、意見があればはっきりと物を言う。うちは三年がほとんどいないのもあって、後輩から一番頼りにされているのはあいつだな」
普段から彼に対して感じていた印象を言葉にまとめたのだろう。
それにしてもやはり郷司は演劇部関係のことになると饒舌になるようだ。
「ルックスが良いし声も低くてよく通るからな、前に役をやらせることになったんだが、どうも演技がたどたどしい。あれで照れがあるんだろう。本人も〝表〟よりは率先して裏方に徹してるからな。実際裏方が一番適しているかもしれん。気も回るし、舞台上のアクシデントにも適宜対処できる。今ではあいつがいなければ裏が回らないくらい、欠かせない人材だ」
「ずいぶん高評価なんだね」
それだけ信頼のおける相手なのだろう。
「人間関係とかは……?」
「俺も含めて、部員全員から頼りにされている。恨む相手は知らんな。……彼女がいるという話は聞いたことがない。なにせ無口で自分のことは喋らんやつだ。だがお前も知っての通り、ここしばらくは涙条と一緒に帰っている。……卒業した先輩の中には交際相手を部活に連れてくる人もいたが、本正はそういうこともしないからな。実際のところは分からない。本人に直接訊いてはいないが、部内でもあいつらは付き合っているんじゃないかという噂は聞く」
だから恐らくそうなのだろう程度の認識らしい。確証が得られないことが小影の中で引っかかるが、それより他に気になることがある。
「
昨日、
あの二人、何かあるのではというのは邪推か。
「あぁ、そうだな、到辺か……」
郷司が教室の入口に視線を向ける。食堂で昼食を済ませてきたのだろう、どことなく幸せそうな顔をした廻が戻ってくるところだった。
「…………」
しばらく廻を見つめるが、何も起こらないことに安堵したのか、がっかりしたのか、郷司は変わらない仏頂面のまま小影に向き直る。
「本正はもしかすると、あいつに気があるのかもしれないな」
「それは――」
そうなってくると――廻に関する問題があった後だ。あの一件が、何かしら将悟と乙希の関係に影響を及ぼしていた可能性も否めない。
益々無視できなくなってきた。
「到辺に話を聞いてみるといい。俺よりも本正について詳しく聞けるだろう」
郷司に促され、小影は早速、自身の席で微睡むようにぼうっと座り込んでいる廻に声をかけることにした。
「到辺さん、今ちょっといいかな? まあ訊ねるまでもなく暇そうだけど、君はお昼寝とか必要な感じかな」
「幼稚園児じゃないんだから起きてるよ!」
「あ、そう。じゃあ昨日の件なんだけどね……、」
「昨日の件ってまさか、やっぱりわたしを……!?」
「……はい。冗談はさておくとしてね」
「あの、もうちょっと続けない?」
「……何を?」
「なんでもないです……」
力なくうなだれる廻だった。構ってほしいのだろうかと思いつつも、情には流されない小影である。
「じゃあ訊きたいんだけど」
「……あ、うん。何……?」
「昨日の、本正くんについてなんだけどね。君たち親しいの?」
「親しいっていうか……幼馴染み? みたいな感じかな? 小学校も、中学もずっと一緒だったし……」
「ふうん……?」
それなら……郷司の話にも説得力が出てくる。
「将悟くんあんまり喋らないけど、ちゃんと周りのこと見てて……わたしが何か困ってて、だけど言い出せない時も察してくれてさ……。いつもわたしを助けてくれて」
「…………」
今は言い出せないのではなく、心配かけまいと努めているのだろうか。
「わたしと違って、誰かから恨まれたりするような人じゃないよ、絶対。そもそもあんまり人と関わんないし……」
「別に君も恨まれてたわけじゃないけどね」
そう、恨まれていたわけじゃない。些細なすれ違いや勘違いが『呪い』を生むこともあるのだ。
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