04 拾った神様、交わした契約(2)
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「ともかく。ノロイちゃんは、人が人を呪う――想う気持ちから生まれるエネルギーの集合体のようなものかな。『呪いの力』そのものと言ってもいい。『呪い』が現象として起こるための力、エネルギー。……だから、ノロイちゃんの存在が『呪い』を引き起こすこともある」
というよりむしろ、自分の周辺で『呪い』が頻発しているのはノロイちゃんの影響かもしれない、と
「……ほら、
「そういえば」
言われて
しかし、乙希と昼に出くわした時点では既に泣いていたのだから、
「僕があれを学校に持ってったその日のことだからね。
「……気になるんだ」
「『呪い』を生むに足る元々の原因が二人にあったとしても、僕と関わらなければその想いを隠したまま、それでも表面上はうまくいっていたかもしれないんだから」
――嘘を隠したまま、表面上は、うまく。
「だから、さ」
「…………」
小影は
では、小影はどうして周囲を巻き込むような『力』を手に入れようと思ったのか。
契約、とは。
(……む)
今更だが、その言葉が持ついろんな意味合いを想像して顔をしかめる真射である。
「小影は、どうして――、」
「僕が『呪い』の影響を受けないのは、」
まるで真射の言葉を遮るように、小影は平時と変わらない表情で言う。
「僕に向けられるどんな想念にも動じない、自分の感情を制御できる絶対的な理性を手に入れたから」
「絶対的な……理性……?」
「要は極めて感情が希薄、超鈍感になれるって感じかな。その想念に対処する時間がかかることはあっても、僕は他人の感情に負けない。情に流されて判断を誤ったり、衝動に任せて何かをするようなことがないんだ」
「それって……」
それは。
「つまり、君がどんな手を使って誘惑してきても、僕は絶対に君に手を出すことはないってこと。……登和を人質にとられてる〝条件つき〟なら、特にね」
×
夕食の時の話が効いたのか、今夜の真射は昨日ほど積極的に絡んではこなかった。
(単にネタが尽きただけかもしれないけど)
真射はとりあえず色仕掛けで攻めれば落ちるとでも思っているのか、際どい部屋着でうろついたり、その上ですり寄ってきたりとまるで甘える猫のようだ。正直迷惑だし、学生の一人暮らしには広すぎる部屋であるにもかかわらず、窮屈さすら覚える。
(こういうことでめげてたら、将来僕は誰かと同棲なんて出来ないかもな……。登和相手なら全然気にならないんだけど……
真射にはああ言ったものの、正直自分の理性がどこまで持つのか分からない。耐久の限界をこれまで試したことがないからだ。
それに、小影の『絶対理性』には――弱点がある。
(他人から向けられる想念には強いけど……自分の中から生まれる感情の対処には時間がかかるから……)
動揺もするし、真射にいろいろされれば身体も反応する。ただし、それもいっときだ。小影の『絶対理性』はすぐにそれを鎮静化する。意識して抑えようとすれば対処も早いが……しかしその間隙に自分が何かをしでかさないとも限らない。
(ここはポジティブに考えよう……僕の理性の限界を試すにはいい機会だ、うん)
だから――就寝しようとするひとのベッドに入り込んでくる真射なんて気にせず、とっとと眠ってしまおう。こんなのもう毎晩のことだ。未だに慣れないが。
「小影……」
熱っぽい吐息を首筋に感じつつも、小影は振り向かないよう努める。
「おやすみ」
「…………」
答えないでおく。他の人と変わらず接してはいても、必要以上に親しくなるつもりはない。彼女は一応、大事な友達を攫った誘拐犯なのだから。
(……登和の命がかかってると思えば、きっと耐えられるはず……。そう、登和だ)
後ろでごそごそ動いている真射の気配を意識からシャットアウトするように、思考に埋没しようと試みる。
(学校で依頼を率先して引き受けてたのは登和だ。そのせいもあって、登和が誘拐されたのかもしれない。登和なら『呪い』が解ける、と……間違って誘拐されたのかも)
学校での真射の言動や夕飯時の会話から、小影の中にはある推測が生まれつつあった。
(天王寺さんの目的は――『呪い』だ)
誰かを呪いたいというよりは、誰かの『呪い』を解きたいといったところか。
(登和に『呪い』を解かせようとしたけど出来なくて……まあ、僕や登和じゃなくても、結局は本人次第だから別に誰でも解こうと思えば出来るんだけど……)
登和ではダメだったから、こうして小影の前に現れた。
ただ、そうだとしても、それがどうして『一週間手出しをしなければ』なんて条件に繋がるのか。
「…………」
背後から寝息が聞こえてくる。今日はなんの計画もなく、初日のように単なる添い寝で済ませるらしい。昨日は真射が飽きて寝落ちするまで後ろからつつかれたり背筋を指先でなぞられたりと酷い目に遭ったから、それに比べれば十分マシである。小影はお陰で眠れなかった。とはいえ、これはこれで厄介だが――
(かと思ったら……)
ベッドが軋み、唐突に腕が伸びてきた。小影は警戒して身を硬くする。真射の腕が圧し掛かり、小影を抱き寄せようとするように力がこもる。逃れようと小影が身をよじれば、今度は脚が絡みついてきた。真射の両脚に左脚を挟まれる。
(くっ……。油断した……! こんなの常套手段じゃないか……! 僕も僕だよまったくもう! 天王寺さんが寝入ったらベッドから離れるべきだった……!)
後悔してももう遅い。脚の間に真射の脚が入り、真射の手が小影の胸のあたりを撫でるように動く。まるで抱き枕のような扱いだ。される側としては暑苦しいことこの上ない。
おまけに、首筋にかかる彼女の吐息と髪の毛がくすぐったく、背中に触れる真射の拳がにぎにぎと動くものだから気になって眠れそうになかった。
わざとやっているのか、それとも本当に寝ているのか――いずれにしても。
(……あと三日の辛抱だ……)
あと三日、あと三日、あとみ――
「く、くるじ……ぎぶっ、ぎぶ……!」
……三日ももつか不安になる夜だった。
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