03 拾った神様、交わした契約(1)




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 今夜の夕食は真射まいが腕によりをかけて作った。

 カレーである。

 まずは胃袋から掴み、デキる女の子らしさをアピールして小影こかげの心を落とそうという計画だ。


「昨日もカレーだったよね」


 材料は昨日の帰りに調達し――


「というか、昨日のカレーだよね。……君って料理のバリエーション少ないの?」


「…………」


 ……飽きがこないよう具だくさんに、単なる市販品のルーに負けないよう少しお高いスパイスを投入し一から手作りしたというのに、小影の反応といえば淡白なだけでなく、料理を作ってもらうのがさも当然、なんなら僕が自分で作るよとでも言いたげだった。


「まあ今日はいろいろあったから疲れてるのは分かるけどね。なんなら僕が作っても良かったのに」


 言われてしまった。


 しかしかくいう彼は真射の料理中を見計らって入浴していたのだ。夕食を仕上げて待っていたことを少しは評価してほしい。

 とはいえ、これはこれでなんだか夫婦のやりとりのように思えなくもないので良しとする。小影も文句は言いつつもちゃんと食べているのだから。


「――ところで、小影」


「ん……?」


 食事の手を止め、もぐもぐやっていた小影は真射に向き直る。


「『呪い』って何?」


「…………」


 まるで何を今更といった感じに小影はきょとんとしてから、


「この前話したよね。もう忘れたの? 『呪い』っていうのは――」


 人が人を想う気持ちが現象となって現れるもので、自覚症状があるものからないものまで様々だ。

 小影は『呪い』に悩まされる人たちを――主に鳴坂なきさか登和とわに付き合わされる形でその依頼を受けて――『呪い』を解き、助けてきた。食券と引き換えにその悩みを解決してくれる……『お祓い』してくれる、なんていう噂が一部の間では広まっているらしい。


「……そうじゃなくて」


 真射が聞きたいのは、もっと根本的なことだ。

 どうしてこんなにも頻繁に――噂になるくらい『呪い』が発生しているのか。

 そして、あの――


「僕が調べたところによれば、だけど」


「?」


「この街には昔、人を呪うことを生業にしていた『呪術師じゅじゅつし』って呼ばれる人たちがいた」


「じゅ、じゅじゅちゅし……?」


「……それは何か狙ってるのかな」


 ともあれ、小影いわく、この街にはそうした人種がいたことが伝承として残っているらしい。真実かどうか定かでないものの、いたと仮定するならある仮説が成り立つ。


「この街の住人の中にはその子孫がいて、知らず知らずのうちにその力を使っていたりするのかもしれない。これまで僕が関わった中にもそれっぽい、強い『呪い』を生む人がいたからね。だから何かあるんじゃないかと調べてみたんだ」


「……小影もなの?」


 訊ねると、小影は一瞬不思議そうな顔をするが、


「それは分からないな。人を呪った自覚もないし、『呪い』を解いてるのだって僕の力じゃないしね。でも昔からの地元住民ならみんなその可能性があるはずだよ」


「じゃあ」


 あのはいったい何なのか。


「ノロイちゃん?」


 真射の意図を察したのか、小影がその名を口にする。意思疎通できたようで内心にやけるもののそれを表には出さない真射である。


「んー……ノロイちゃんねえ……」


 小影は説明を渋るように唸ってから、視線を真射から窓の方に移した。そこには小影が手洗いした例の赤い布切れが部屋干しされている。

 やはりあからさまなオカルト、怪異は話しづらいのだろうか。小影にとってあれはある種の企業秘密のようなものでもある。


 小影はちらりと真射を見てから、


「まあいっか」


「……もうちょっと渋るべき……」


 信頼されていると受け取るには小影の意識が低すぎる。


「ノロイちゃんは……」


「……その名前、なんなの……」


 ノロイというからには女の子なのだろうか。確かにその顔を見た気がするのだが、真射はノロイちゃんの姿を漠然としか憶えていなかった。


「僕は『ノロちゃん』とか『呪々じゅじゅちゃん』って、もっと人っぽい名前をつけようとしてたんだけどね……。登和が変だって言うから。ウイルスじゃないんだしって」


「ノロイちゃんの方が変……」


「だよね……。だけどまあ、〝名は体を表す〟って言うし、これでいいのかなとも思うけどさ」


 名前の由来については別にどうでもいい。真射が聞きたいのはその名が表す〝体〟の方だ。


「この話をしたら引かれると思うんだけど……」


 まあ君になら別に引かれてもいっか、とでも続きそうな前置きを挟んでから、


「ノロイちゃんは人の集合無意識の塊っていうか……神様みたいなものでね」


「……神様」


 引くどころか、あまりに突飛な話に理解するのに時間がかかった。


「神社で拾ったからね、あれ。たぶん神様的なものだと思う」


「……あぁ」


 妙に腑に落ちた。


「僕が人の『呪い』を解いたり、その影響を受けなかったりするのは、その神様と契約したから」


「……契約」


 なんとなくニュアンスは伝わるという意味で頷いたのだが、


「いちいちオウム返しするのやめてくれないかな……。なんか恥ずかしくなるんだけど」


 こういう責めプレイもありかもしれないと真射は思った。



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