10 お二人はあれですか?(1)
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体育館には舞台裏から上がることが出来る二階があり、そこには館内放送や舞台上の照明などを管理できる放送室がある。
「ずっと気になってたんだけど……演劇部って部室ないの? この数日こうして見学にきてるけど、毎回体育館で練習してるよね」
隣で機材をいじっている
「いや」
「…………」
「……ある」
「あ、そうなんだ。ふうん……」
いまいち話しづらいから、なんでもないことを訊ねて場の空気を温めようとしている小影である。
一応将悟も
「部長の方針なんだ」
「……というと?」
「最初の内は舞台で練習する。舞台上で役者がどう映るか、実際演じてみてセットや衣装に何か不都合がないか、そういうことを確かめるんだ」
「そ、そうなんだ……」
「それから修正を加える。……部室は小道具なんかを制作してる班が使ってる。だいぶとっちらかってるから、練習は基本ここか外だ」
「外?」
「走ったり、発声練習をする」
「……走るんだ……?」
「体力作りのためだ。……役者はこれから過酷だ。台詞を間違えるたびにグラウンドを十周させられる」
「…………」
「……演劇部って体育会系なんだ……」
それでいて、文化系的な要素もある。これまで部活に入ろうと思ったことはなかったが、こうして数日見学していると不思議と関心を抱くものだ。
「えっと……本正くんは何をしてるの?」
「裏方だ」
「…………」
「照明や音響、諸々の指示・進行を任されている。演出もする。……今はこの機材の調整をしている」
「……あ、そう……」
舞台を照らしていた照明の光度が変わる。つまりそういうことらしい。
(……いつまでもこうしてはいられないよなぁ……)
小影は密かに呼吸を整えてから、思い切って訊ねることにした。
「聞きたいんだけど……
「……?」
本正がちらりとこちらを見る。思わず視線を逸らした。舞台に目を向ける。ちょうど廻が仮衣装をまとって立っていた。本正もそちらに気付く。それから、
「小学校からの付き合いだ。……それだけだ」
将悟が答えると、その場にぷつりと会話の途切れる音が聞こえた気がした。
「……んー……」
妙な緊張感が小影の言葉の出を悪くする。
(無遠慮になりすぎて、相手の気分を損ねることもあるからなるべく控えたいんだけど……)
そうした躊躇いごと――ここぞとばかりに、理性で律した。
「到辺さんのこと、どう想ってる? 好きだったとか?」
「…………」
自分でも驚くほどあっさり言葉が口を衝き、本正がぎょっとしたようにこちらを振り返った。小影の中の変化を感じ取ったのかもしれない。方々から伝え聞いた通り、そういうことには敏いようだ。
「……少なからず」
と、絞り出すような声で将悟が言う。
「好意はあったと、思う。でもそれは、放っておけないとか……そういうものだ。恋愛感情というのとは、違う」
「…………」
恐らく今のは、将悟の素直な本心だろう。
小影の質問に精いっぱい答えようとしていることが伝わってくる。
(誰のために……?)
たぶん、彼女のために。
小影の意図は分からなくても、それが必要だと思って答えてくれているのだろう。
「だけど、」
まるで独り言のように。
「なんにしても、あいつは気付いてない。だから……幼馴染みでも、友達でもない。ただ……同じ部活にいるだけだ」
「そう」
これも一つのすれ違いだろうか。
肝心のことには気付いてなくとも、将悟の気持ちはある程度なら廻にもちゃんと伝わっているのだから。
「同じ部活にいるのは……やっぱり到辺さんのため?」
「あいつは……到辺は、みんなから好かれる。けど、たまに……噛み合わない。ヒロインの件は……知ってるよな」
「あぁ……そういうこと」
噛み合わない。その表現が腑に落ちる。廻は人から嫌われるような性格はしていないものの、ちょっとしたボタンの掛け違えが誰かの誤解を生んでしまう。
「……礼を言っておく。……ありがとう。助かった。
「まあ、そういうことになるかな」
「俺は……ああいうのは、うまくいかない。俺が関わると……こじれることもある」
「…………」
将悟なら黙って相手を睨むだけで相当威圧できそうだが、それはそれでまたあらぬ誤解を招くだろう。以前にもそういうことがあったのかもしれない。
「だから……裏方をするの?」
「……それも、ある」
表立っては関わらず、だけど彼女が心配だからと、裏から支える立場に。
「最初は、そういうつもり……だったんだけどな」
と、さっきまでよりすんなり言葉が漏れる。
「今は、単純に楽しい。俺が頑張れば舞台を良く出来るから」
自分が頑張れば、舞台上で廻を一番美しく映えさせることが出来る――彼の言葉の裏には、そんな想いが込められているような気がした。
「……ところで」
「ん?」
「これは、あいつの……
「そうだね」
今ので将悟の人となりについてはよく分かった。
「じゃあ――」
ここからが本題だ。
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