11 足を引っ張る呪い(2)




               × × ×




「……宮下みやしたくん。なんであなたが到辺とうべさんと関わってるんですか」


 女子グループの中で一人だけクラスメイトであるたまきが怪訝そうな顔をする。まるで得体の知れない何かをされるのではと警戒するような態度だった。


「君が僕をいったいどんな風に思ってるのかは知らないけど、安心していいよ。魔法めいたことで君を黙らせたりしないから。僕はただ到辺さんに頼まれて彼女にかけられた『呪い』を解きに来ただけ。君たちの事情には首を突っ込まないのがポリシー。登和とわもいないし、カッコつける理由が特にないんだ」


「……私が、到辺さんを呪ってるとでも?」


「正確には君たち、到辺さんのことを快く思っていない演劇部の女子部員全員だよ。君はその定まらない『想念』を一つにまとめ、一方向に向けさせた。いじめを先導するのと同じ理屈だね」


「『呪い』っていうものが具体的にどういうものか分かってない私に、到辺さんを呪うなんて真似、出来るわけがないでしょう。そもそもそんなもの実在するの?」


 不敵ともとれる笑みを口元に浮かべ、たまきは自分の正面に立つ小影こかげを見据える。


「君の信じる信じないはどうでもいいんだよ。ただ君たちが到辺さんのことを気に食わないと思った。委員長……仄見ほのみくんに気に入られている彼女に嫌がらせを始めた。嫌がらせっていうのはつまり、一人だけ前に出ている到辺さんの足を引っ張るってことだ。彼女のやることなすこと失敗してしまえばいいと思い、実際にそうなるよう仕向けてきた」


 それだけで『呪い』は完成する――小影はそう告げて、携帯をいじり始める。


「そしてそういった悪意を……草枷くさかさん、君が束ねた。君にはそういった素質があるのかもしれないね。でもこれでだいぶ威力は落ちると思うよ? みんな、君とは違うはずだから」


 小影は何か操作した携帯を、環と演劇部の女子部員たちに向ける。


『録音するからね?』


『ああ、構わない。何に使うか知らないが』


 携帯から流れるのは小影の声と演劇部の副部長、仄見郷司の声だ。郷司の声に気付いた女子たちがハッとなる。


『じゃあ聞かせてほしいんだけど、委員長は到辺さんにどんな第一印象を?』


『小さい。同級生とは思えないくらいに小さいな』


 小さい、という郷司の声を聞いて何か危機感でも覚えたのか、俯いていためぐるの肩がビクリと震える。


『だがそれがいい……とか言うんでしょ? 君、ロリコンだからね』


『失敬な。俺は背の低い、小柄な同級生にしか興味は抱かないぞ。間違っても小学生に写真を撮らせてくれとは言いたくても言わない』


『これ、いつか君が裁判にかけられた時に決定的な証拠となりそうだね……用が済んだら削除しとくから安心して』


 と、ここまで危うい会話を流してから、小影は録音の再生を止めて環らの反応を窺う。


「どうかな? これが、君たちが顔だけで好いている人の正体なんだけど。何か心境の変化はあったかな? ていうか気付かなかったの? 彼が到辺さんやその他の小さい子に向ける犯罪者予備軍的な危うい視線にさ」


 笑顔を向ける小影の視線の先には、それぞれ微妙な顔をしている少女たちの姿がある。みんな口々に「副部長がそんな人だったなんて……」「いっそ紳士と呼びたいくらいに変態感の溢れた会話だったよ……」「幻滅です……」などと言って落ち込んでいた。真射と環は小影の予想外の行動に戸惑い、一番動じるべきはずの廻だけがきょとんとしている。


「一応彼の名誉のために言っておくけど、彼の守備範囲は年下の小さい女の子じゃなく、同級生か年上の小さい子だよ。厳密にはロリコンではないんだ。小さい子が好きというだけでね。それが僕には酷く迷惑なんだけどさ」


 その補足がよりいっそう女子たちをドン引きさせているが、小影はあまり気にしていないようだ。むしろ笑顔を浮かべている。


「さて、これで決着がつく。この音声には続きがあるんだけど――痛っ」


 携帯が小影の手を離れて地面に落ちる。環が小影の手を力強くはたいたのだ。


「はあ? ふざけないでよ。そんな理由で……っ」


「やっぱり君だけは真剣だったんだね。だからこそ最後まで聞いて、」


「なんでそんなふざけたもの聞かないといけないのよ! 馬鹿にしないでよ!」


 環は激高していた。高い声を荒げ、今までより強く小影を、その後ろの廻を睨みつけている。きれいな顔を歪ませる彼女の目には、剣呑なまでの眼光があった。


(なんで、そんなに……?)


 真射はその反応に戸惑う。環の怒りの理由が分からない。彼女には彼女なりの何かがあり、今の音声がそれに反するか何かするから怒っているのだろうが――


(草枷さんは仄見くんのことが好きで、その仄見くんが到辺さんのことを気に入っているのが気に食わない……そういうことじゃないの? 少なくとも他の子はそうで、だから仄見くんが変態ロリコン野郎だって知って失望して……)


「先入観があるから君は誤解してるんだよ、天王寺てんのうじさん」


 まるで人の心を見透かしたかのように、小影は呟く。


「そんな単純じゃない。いや……分かりやすさでいえば単純かな。まあいいや。『想念』は絞り込めた。彼女が『聞く耳を持たない』のも想定内。ここからが本番だ」


 そう言って、小影が颯爽とポケットから取り出すのは――赤いハンカチだ。涙条るいじょう乙希いつきの涙とか鼻水を拭ったあのハンカチだ。


「本当は君の力は借りずに解決したかったんだけどね。登和もいないし。でも出番だよ。今回も一つよろしくね――『ノロイちゃん』」


 何者かに呼びかける言葉の直後、小影はハンカチから手を離す。中空をふわりと落ちていくそれは――


「!?」


 その場の全員が目を剥いた。ただ一人、小影だけが苦笑している。


 彼の横に、唐突に現れる赤い影。『影』と形容するしかない正体不明の靄がかろうじて人型と思われる形状になり、色が染み込むように輪郭が、外見が構成される。


 そうして現れたのは、鮮血で染め上げたかのような赤いコートをまとった小柄な人影。その後方にいる真射にソレの素顔は窺えない。コートのような赤い靄にはフードがあり、ソレは目深に被っていた。実体があるようで、空気よりも不明確な存在だと思えた。そこに在り、確かにこの目が捉えているはずなのに、現実感が希薄なのだ。


(まるで……映像でも見てるみたい……)


 そんな赤色の影に面と向かっている環たちはいったいどんな気持ちだろう。化け物でも見たような顔になって硬直している。しかしその眼球だけは怪物への警戒からか忙しなく動いている。なんなのか、何をするのか。その一挙手一投足を見逃すまいという防衛本能だろう。


「じゃあノロイちゃん、任せた」


「まかされた」


 声は少女のものだった。小影の親しげな呼びかけに、赤い影は軽く応えた。

 両手を広げる。たったそれだけで、この場の空気が明確に変化した。



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