10 足を引っ張る呪い(1)
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「待ちくたびれたわよ、
「こ、殺される……っ」
道中に悪い想像を膨らませていたらしい廻の顔がよりいっそう蒼くなる。その後をついてきた
(決着をつけるって、『呪い』を解くってこと……?)
ではここに集まった女子の中に廻を呪っている『犯人』がいるのだろうか。集まっているのは赤い眼鏡の少女・
「私たちは到辺さんに話があるんだけど?」
草枷環がこちらを睨む。顔立ちは端正だが、不機嫌なのか眉間に皺を寄せているためあまりいい印象は受けない。部外者は引っ込んでろといった雰囲気だ。
「ああごめんね、到辺さんがついてきてほしいってあんまり言うもんだから。じゃあ僕らは退散するよ。行こうか
「え、あ、うん……?」
初めて小影に手を握られ、あれこのまま引き下がっていいの? とは思ったが、真射は大人しく従うことにした。
「ちょ、ちょちょっ!
「大丈夫、すぐそこにいるから。何かあったら叫んでくれれば駆けつけるよ……たぶん」
「最後の一言が余計すぎて泣けてくるんですけど!? ……え? 待って、ほんとに行くの? あの冗談とかじゃなく本気で放置……?」
廻があわわと恐慌状態に陥りそうになっていたが、小影と手を繋いでいることに充実感を覚えていた真射はあまり気にならなかった。彼に手を引かれるまま移動し、体育館裏の様子を窺えるちょうどいい物陰に身を隠す。
「うそぉ……本気で放置なんだ。ソロプレイ強要なんだ。信じてたのに……」
「到辺さん」
「は、はひぃっ! な、なななんですか……? わ、わたくしに話とは……?」
動揺しすぎて口調がおかしなことになっている廻を見据えて、草枷環は厳めしい顔で、
「ヒロイン役、降りたら?」
「ぁ――」
自分で口にしていたことだが、実際誰かに面と向かって言われると堪えるものがあるのか、パニックになっていた廻の全身からあまりよくない感じに力が抜ける。
「自覚あるんじゃないの? 到辺さんがやったら劇がダメになる。それくらい、馬鹿じゃないんなら分かるでしょ。それとも馬鹿なの? 分かんないの?」
「でも、あの……決まったこと、だし……」
「だから辞退したらって言ってるの。なんなら部活も辞めたら? そしたらヒロインも変えざるを得ないでしょう」
「それは……」
一方的な物言いが力を持つのは草枷環の背後に『数』がいるからなのか、廻自身が自分にはヒロイン役など向いていないと思っているからなのか。いずれにしろ、このままだと廻が押し切られてしまうのは目に見えていた。多勢に無勢を絵に描いたような光景の中、廻の存在感が萎んでいくかのように真射は感じた。少しだけ不安を煽られるものがあり、真射は隣の小影に声をかける。
「……小影。どうにかしないの?」
「これは僕の管轄外だよ。到辺さん自身が抵抗しないならヒロイン役は奪われる。そうすれば案外手っ取り早く『呪い』も解消されるかもね」
平然と言ってのける小影の横顔を、真射は思わずまじまじと見つめてしまう。どうしてそんな無慈悲なことが言えるのか。それは彼の本心なのか。こんなことを言うような人物だったのか。
戸惑いを覚える真射が心の整理をつける間もなく、状況は廻と環を中心に進む。
「演劇祭。そして学園祭。今回の劇はその二つの大きなイベントで演じるの。市の演劇祭じゃ街中の人たちが観に来る。……到辺さん、あなたはそんな人前で恥を晒したいの? あなただけならともかく、それは演劇部全体の恥になるのよ」
「ぁ……ぅ……」
「ヒロインなんてあなたには向いてない。あなたじゃ役不足。少なくともここにいるみんなはそう思ってるし、あなた自身だって分かってるでしょ? ヒロインなんか務まらないって」
環の言葉が廻の心を抉っているかのようだった。容赦ない物言いと、向けられる鋭い視線、こもる感情。廻は俯き、唇を噛んで拳を握っていた。言われるたびに強く、強く握りこむ。
……そんな姿に同情したからなのか。
それとも、草枷環の言葉がまるで自分自身に向けられたように感じたからか。
天王寺真射は、思わず飛び出していた。
「ちょっ、天王寺さんッ」
小影の制止も聞かずに、震える廻を押しのけて感情的に環へと掴みかかる。
(この女は――嫉妬してるんだ)
「何? ていうかまだいたの?」
挑戦的な毅然とした双眸に睨まれるが、その程度に臆するような真射ではない。同じくらいの意志を宿した瞳で睨み返して告げる。
「あんたは、
女子部員に人気があるという副部長、仄見郷司。彼が気に入っている到辺廻は、他の女子たちからすれば疎ましい存在に違いない。だから嫉妬を覚え嫌がらせをする。頑張る少女の足を引っ張ろうとする。
きっとそれが、『呪い』の原因――
「そうよ。ひいきされてヒロインに選ばれるなんておかしいでしょ? 気に食わないのは当然じゃない。手、放してくれる?」
「っ」
感情的になっている自覚はある。自分を突き動かしているのが正義感でもなんでもなく――環の言葉を否定したいだけの身勝手だと分かっている。
だが、分かっていても止まれないのだ。
一発くらい殴らないと気が済まないくらいの激情があった。人の努力を知らずに足を引っ張ることしか能のないヤツを許せない自分がいる――
「落ち着いて、天王寺さん。君ってそんな直情型だったの? 意外だよ」
「…………」
後ろから小影に肩を掴まれ、真射は環を睨みつけたまま自分を落ち着かせるために息を吐き出す。これが本来の自分であるのだが、せっかく作り上げたミステリアスな雰囲気がこんな些細なことで瓦解してしまうのなら行動を控える必要がある。落ち着け、自分。
(ミステリアスなキャラは人気があるんだから……これで小影の心も落とせる……)
言い聞かせ、環の襟首を掴む手を離す。環はすぐに距離をとって襟を正した。猛犬でも見るような目を真射に向ける。
小影は真射を退かせてから俯いている廻に視線を向け、ポケットから携帯を取り出しながら環たちの方に向き直った。
「まずはどういう類の『想念』なのかハッキリさせなきゃね。まあ主導してるのは草枷さんで間違いないんだろうけど」
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