06 ふたりは依頼者




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 昼休みの食堂は人でいっぱいだった。


 テーブル席は埋まっているし、早く空いている席に着こうと三つの行列はひしめき合っている。行列が出来ているのは食券が販売されている機械の前と、買った食券で商品を注文するための窓口前、料理を受け取るカウンター前の三つだ。

 窓口を用意することで長い列を分散させ、注文されたメニューを用意するための時間に若干の余裕を持たせるという仕組みである。


 昼食を得るために並ぶ必要がある三つの行列。そのうちの一つでも並ばずに行けたなら食事にありつける時間が早くなると誰もが考えるだろう。


 そんな……誰もが望むそれを叶える手段を宮下みやした小影こかげは持っていた。

 つまり、昼休み以前の食券入手である。昼休みになり食堂が込み合う前に食券を手に入れればいいのだ。


 しかし食堂は昼休み数分前にならなければ開かない。

 そのため前日に複数の食券を購入しておくという手を使う生徒が多いのだが、宮下小影の場合はそもそも食券を購入しない。昼食代を必要としないのである。

 それはなぜか。


「……今朝みたいにさ、困っている人を助けてお礼に食券もらってるんだよね。だからまあ、気にしないで」


「気にしてないけど」


「……ちょっとくらい感謝してほしいところではあるなぁ。食券の一枚一枚が僕と登和の努力の結晶なんだけど。有り余るくらいには頑張ってるってことなんだけど」


 天王寺てんのうじ真射まいは小影に昼食を奢ってもらっている形なのだが、どこか憮然とした表情でランチセットを頂いていた。


「なんでそんな不機嫌そうにしてるのかな、君は」


「これが私のデフォルト」


 そう答えて、真射はお箸を持つ手を止めた。

 知らない女子がこっちに向かってくるのが見えたのだ。


「宮下先輩っ」


 一年生らしくまだまだ新しい制服をまとった小柄な少女が二人、空いている小影の両隣の席に座る。一人は長い黒髪を一つに束ねた髪型の少女で、明るく声をかけてきたのは彼女だ。もう一人は黒髪のボブカットで、ランチの載ったトレイを両手で持ちながら、脇にノートを挟んでいる。


「そういえば君たちもいたね……」


「えっ? なんですかその言い草! まるで今の今まで忘れてたみたいな!」


「いや……出来れば忘れていたかったなって」


 謎の女子二名の襲来に置いてけぼりを食らう真射である。なんだこいつらという目で小影に問いかける。


「えっと、こっちのうるさ――右にいる明るい子が開野ひらの朋佳ともかさんで、左の大人しい子が綴原とじはら結灯ゆうひさん」


「今なにか言いかけましたよね! ね!?」


 確かにうるさい子である。良く言えば明るく快活だ。先輩相手に物怖じしないくらいの度胸があるのか、単に小影が舐められているのかは不明だが。

 小影が先輩らしくないことはいい。天王寺真射の気にする点はそこではない。


(なんか……小影がモテる)


 到辺とうべめぐるといい、今朝から思った以上に女子生徒から声をかけられている。真射は小影にジト目を向けた。無言の抗議である。淑女は声を荒げたりしないのだ。


「なんでそんな目で見るの……。一応言っておくと、この子たちも到辺さんと同じ人種だからね? 登和とわ風に言うと、依頼者さん」


「…………」


 小影の左隣にいる大人しい子が小さく頭を下げた。彼女は開野朋佳と違って物静かで、さっきから一言も口にせず、黙々とランチを頬張っている。かと思えば、小脇に抱えていたノートを広げると何かを書き込み、小影に確認させる。


「『小さい人は?』……て。君らも同じくらいでしょ、身長」


「あたしの方が若干高いと思います! 一緒にしないでくださいっ!」


「変わらないと思うけど。若干って誤差の範囲じゃないかな」


 小影が平然と交わしていた謎のやり取りを見て真射が首を傾げると、小さい子の相手で大変だろうに彼はわざわざ説明を挟む。


「綴原さんは喋れないんだ。それが彼女にかけられた『呪い』。それをどうにかしてほしいっていうのがこの子たちの依頼」


 簡潔に説明すると、再び朋佳の相手に戻る。


「……えっと、登和はそこにいる天王寺さんに誘拐されて欠席してるんだよ。お陰で君たちの件の調査は停滞することになりそう」


 嫌味っぽい小影の台詞に真射が顔をしかめると、朋佳は真射にちらりと視線を向けるが何も言わず、代わりに別の質問を投げかけた。


「さっき到辺さんって言ってましたよねっ? その人は誰ですかっ?」


「……耳聡いね。そのー……非常に言いづらいんだけど、今朝ね、同じクラスの到辺廻さんって子からも依頼を引き受けることになったっていうか」


「どうするんですか! あたしたちの方が先にお願いしてますよね? なんか後回しにしようとしてる感が窺えるんですが眼科いくべきですかねあたしは!?」


「……大丈夫。君の目も耳もだいぶ優れてると思うよ。成長に関しては残念だけど、それはそれで委員長のストライクゾーンだから安心するといいよ」


「失敬な! ていうか後回しにしないでください! こっちは早く解決してほしいって何度も言ってるじゃないですか! 食券も前払いしましたよね!? 誰のお陰で食事できると思ってるんですか!」


 朋佳は怒鳴り、当事者らしい綴原結灯の方は困ったような顔で小影を見上げる。

 真射は疲れたような苦笑を浮かべる小影から、結灯の手元にあるノートへ視線を移す。


 ノート自体はいわゆる大学ノートで、彼女は先ほどの小影への問いかけを一行で記している。その上には一行空けて、ここに来る前に朋佳と交わしたのだろう会話が記録されていた。内容を見るに、朋佳が無理矢理ここに結灯を引っ張ってきたらしい。

 今開かれているページはノートの後半部分。それは彼女が喋れなくなってからノートの半分を埋めるくらいの会話をしてきたということか、それともノートの半分を消化するほどに喋れなくなってからの期間が長いのか。


 顔を上げ、真射は小影の決断を知るため彼の表情を窺おうとして――その向こうに、トレイを持って歩いている到辺廻の姿を見つけた。


「小影、あそこに到辺さんいるよ」


「え?」


 促すと、朋佳と結灯もそちらに顔を向ける。

 その絶妙なタイミングで、


「きゃうっ!?」


 何もない床で――掃除したてで濡れているわけでもなければ、お約束のバナナの皮が落ちているわけでもない――何の変哲もない床の上で、到辺廻はまるでスケート初心者のような転び方を披露してみせた。そして直後、トレイを離れ空中に投げ出された料理が一斉に襲い掛かる。


「熱っ、き、にゃあっ!?」


 ……壮絶な光景だった。


「ま、まあそういうわけなんだよ……。悪いんだけどさ……、」


 あ然としている朋佳に向き直って説得を試みる小影だったが、そんな彼の肩を背後の綴原結灯が小さな手で叩く。

 振り返る小影に、彼女はノートを広げて見せる。


『私はあまり困ってないから、急がなくていいです』


「ありがと。助かるよ。ほんと、誰かさんのせいで大変で……」


 小影が横目でちらりとこちらを見た。真射は脹れっ面になって睨み返す。

 学校に来て安心したのか、それとも真射の存在に慣れたのか、彼は今朝からどうにも嫌味っぽいと真射は思った。



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