07 演劇部とその『呪い』




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 そうして到辺とうべめぐるの案件を先に片づけることになって、放課後。小影こかげはまず、彼女の所属する演劇部を見学することにした。


 演劇部は放課後、体育館で活動しているらしい。仄見ほのみ郷司さとしが副部長をしていて、その縁で見学を許可してもらえた。昨日の『例のモノ』の影響がここにも出ているようだ。


 体育館では他にもバスケ部が活動していて、そこには郷司の義妹・仄見夏美なつみの姿もあった。長身を活かして頑張っているようだ。バスケ部が体育館の三分の二を占領しているので、小影らは舞台近くの壁際で膝を抱えて見学、郷司たち部員は舞台直下に立っている。


「六月に市の演劇祭があるじゃないですか。あ、知ってますか? まあ知らなくてもいいんですけどね。えっと、その演劇祭と、同じく六月にある学園祭で行う演目のヒロインを決めるんですよ、今日は」


 そう説明してくれるのは演劇部の新入部員である篠実しのみ雛多ひなたという少女だ。担当は裏方らしい。最近入ったばかりのようで、今日は見学。ヒロインを決めるため実際に演技をするので、その時の様子を勉強するのが彼女の活動だそうだ。舞台袖で働く部員たちを注視している。


「台本は先週配られてて……主に二、三年生の先輩たちがヒロインを演じるんです。その後、部長と副部長が誰をヒロインにするか決定する……という流れです。オーディションですね」


 黒髪を頭の左右でお団子にしており、動物の耳みたいな髪型になっている小柄な少女。体のパーツのどれもが小さく、小動物みたいで可愛らしい容姿をしている。彼女の説明を受けながら、委員長が好きそうなミニマムサイズだなぁ、などと小影は思った。


「トーベ先輩もヒロインに立候補してて、これから演じるはずですよ」


「へえ……頑張ってるんだ。あ、台本が配られたのは先週なんだよね?」


 と、小影が雛多と話している横で、勝手についてきた天王寺てんのうじ真射まいは不機嫌そうな顔をして、舞台上で演じている演劇部の女子部員を見ていた。


「小影……なんで見学するの?」


「あれ、言ってなかったっけ。まあわざわざ言う義務もないけどさ」


 雛多との会話を打ち切り、小影もまた舞台に顔を向ける。


「『呪い』っていうのは……そうだね、簡単に言うと、どこかの誰かが到辺さんにかけたものなんだよ。呪うって、基本的に人が人にするものだからね」


「……じゃあ、呪った人を探すの?」


「うん、そういうこと。だけど、藁人形に釘を打ってるとこを現行犯逮捕ってわけにはいかないんだよ。うーん……まずは仕組みを説明しないとね」


 小影は視線を宙にさまよわせながら頭の中で文章をまとめて、


「『呪い』は人が他人を想う気持ちから生まれる。『想念』っていうものだ。極論、僕が天王寺さんなんて『消えてなくなればいい』と思うことで、天王寺さんの姿が本当に『消えてなくなってしまう』みたいなもの」


「……酷い」


「例えだよ。本心からそう思ってるわけじゃないから」


 たとえそうだとしても、そんなことを言う以上心のどこかで思っているのだろう。実際、語る小影の表情に悪びれた様子はない。


「今回の場合、誰かの『なんらかの想念』が到辺さんの『転んでしまう呪い』を生み出したんだ。それは当然、誰かが到辺さんに『転ぶ結果』を生み出すような想いを向けてるってこと」


 小影はそこで言葉を切って、真射の反応を窺う。ここまでの説明で理解できたらしく、真射は訊ねる。


「その『なんらかの想念』の正体は?」


「それを探る必要がある。答えだけ分かってる問題の中にある、『空白』部分を導き出すようなものだよ。分からない穴を埋めるんだ。誰が、どんな想いを到辺さんに向けているのか。僕はここで『人物』と『想念』を探らないといけない」


 つまり、『人物』+『想念』=『呪い』。今回の場合『呪い』自体はハッキリしているので、あとは問題の空白を埋めればいいのだ。


「『呪い』を生み出すほどの強い想い。そんなもの赤の他人には向けられない。ネットの誹謗中傷みたいな流行と便乗程度じゃない、本気の想いだよ。犯人は到辺さんの身近な人物。その人を探すために、彼女の人間関係を洗っていく必要がある。というわけで、まずは部活から」


「?」


 小首を傾げている隣の篠実雛多には構わず、小影は真射への説明を続ける。


「そして、『呪い』を解くには『人物』の向ける『想念』をどうにかしないといけない。えっとね……『想念』っていうのは、火に注ぐ油なんだよ。『呪い』という火に何者かが『想念』という油を注ぐ。そうすることで火は燃え続ける。だから油の供給を止めない限り『呪い』は続く。……まあ、止めた後に鎮火する必要があるけど」


 その『鎮火』が時に厄介なことになるため、小影としては頼れる友人がいない今、下手に多くの依頼を受けたくはないのだ。

 とはいえ、引き受けてしまった以上はきちんと廻の件は解決するつもりだ。


「だから、『なんらかの想念』がどういう気持ちなのかを探るの?」


「そう。その人の欲求……というか、願望みたいなもの。そういう気持ちをなくすために、その人を満足させてあげないといけない。その人に足りない、あるいは欠けてる何かを提示するんだ」


 小影は舞台の方に顔を戻す。


「今やってる情報収集はその舞台を整えるための下準備。『想念』を探って、こっちもそれをどうにかする『解決手段』を手に入れなきゃいけないから」


 話がひと段落したところで、小影の視線の先、緊張しているのか硬い表情になっていた到辺廻に話しかける人物があった。


「……委員長か」


 副部長の仄見郷司が廻の緊張を解すように話しかけている。


「小影、なんかすごく見てる」


「何が?」


 真射が言っているのは、演劇部の女子部員たちだ。郷司に話しかけられて笑顔を取り戻した廻に、女子たちの鋭い視線が向けられている。


「副部長はモテますからね。副部長が目当てで入部してる人もいるみたいですし」


「……君はどうなの? あのロリコ――仄見くん目当て? 君とかすごく話しかけられてそうだけど」


「わたしは別にそういう下心があって入部したわけじゃないですよー。それにわたしよりトーベ先輩とよく話してますし、副部長」


「到辺さん、さぞや羨望と嫉妬の中心なんだろうね。副部長に気に入られてるんだから」


「でも、トーベ先輩はすごく頑張ってるんですよ」


 照れたように笑っている廻を見ながら、小影と雛多は話す。真射は自分が置いてけぼりを食らっている自覚はあるのか、横から小影を小突いたりして気を引こうとしていた。


「わたし、個人的には先輩にヒロイン役やってほしいと思います。だって先輩、、すごく頑張ってるから――」


 そう呟く彼女は、まるで物語のヒロインを見つめるような羨望と憧憬のこもった目をしていた。



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