02 この人、捜してます
×
もしかすると帰ってきているかもしれない。
そんな希望を胸に、隣室の
「……登和……」
やはり、友人が帰宅したような形跡はどこにもなかった。
これでは
「……どうしたら」
友人が誘拐された時、どう動くのが正しいのか。そんなこと誰からも教わったことがない。だからどう対処すればいいのか見当もつかなかった。
順当に考えるなら、家族に連絡するべきなのだろうが――
(登和のお母さんに、登和が誘拐されたなんて知られたら……)
現在、
小影の両親はともかく、一人暮らしに関して登和の家族は猛反対した。両親というか、登和の母親と祖母に反対されたのだ。
登和と母親の口論の末、小影と近い部屋を借りるなら許可するという結論に至った経緯がある。小影は登和の両親に信頼されているのだ。そのため、もし登和が誘拐されたなんてことがあっては登和の両親に示しがつかない。
(――そしてきっと、僕は登和のお母さんに殺される……)
友人の安否も心配だが、自分の身の危険も感じる小影である。
とりあえず外へ出て登和を探そう。そう思って小影はアパートの廊下を歩いて階段へ向かうのだが――その後ろを、影のようについてくる人物がいた。
「……え、えっと、天王寺さん?」
「小影」
振り返ると、笑顔を浮かべた天王寺真射の姿がある。さすがに外なのでシャツにジーンズと外出用の私服姿だ。ようやく現実味のある姿を確認し、小影は彼女も自分と同じ人間なのだと思った。
「あのさ、僕に何か用なのかな……?」
「別に?」
ようやく同じ人間なのだと理解したところなのだが、やはり彼女の真意が読めない。ふわふわと宙に浮いているかのような少女だ。立体映像と対話しているような気分になる。
要するに、つかみどころがない。
「用がないなら、ついてこないでもらえると……」
彼女を誘拐犯だと認めたわけではない。認めればそれは、友人が誘拐されたという頓狂な話を受け入れることになる。常識的に考えてありえないし、真射の言葉を信じるなんて馬鹿げてる。無視だ、無視。
だから、彼女がついてこようと関係ない。自分は登和を探しに行くだけだ。
けれども、後ろをついてこられるのは少し居心地が悪い。
視線と気配を感じながら、階段を下りて一階へ。そのまま当てもなく歩き出す。
×
(何なんだろうな……)
彼女は友人の行方について何か知っているのか、それとも本当に誘拐犯なのか。
そんなことをつらつらと考えながら、いっこうに離れる気配のない天王寺真射を引き連れて休日の街中を歩く。土曜なので人通りも多く、ただ見渡した程度では友人の姿は見つけられない。
(まずは登和の行きそうなところを……)
とは思うのだが、この街はあの友人の地元じゃない。登和は小影に付き合う形でこの街で一人暮らしを始めたようなものだ。おまけにアウトドアな趣味を持たない登和は自発的に外出することがなく、正直行きそうな所に見当がつかない。
そもそも仮に見つけたとして、友人が無事で済む保障はない。事実かどうかはさておくとしても、すぐ後ろを歩く天王寺真射は「登和を誘拐した」とのたまっているのだ。発見時になんらかの妨害工作を仕掛けてくるかもしれない。
(……家の場所を知られているから無意味かもしれないけど)
とにかく追い払おう。思えば今朝からずっと彼女の視線に晒されている。居心地の悪さともおさらばしたいし、この外出中だけでもなんとか真射を撒けないか。
そう考え、小影は真射と自分の距離を慎重に測ると、予備動作なく駆け出した。
「あ、」
真射がすぐに追いかけてくる。追いつかれる前に小影はすぐそこの角を折れて、
「えい……!」
何の警戒もなく追ってきた彼女へ、曲がり角を折れてその場に待機していた小影は適当に腕を振るった。不意打ちを仕掛けて彼女がそれに狼狽えている隙に距離を離そうと思ったのが、小影の想定に反して振るった腕は真射の鼻先をかすめ、驚いた彼女は足をよろめかせ尻餅をついた。
「あっ、ちょっ、ご、ごめん……!」
逆に狼狽えたのは小影の方だ。痛そうにお尻に手を回しながら涙目でこちらを見上げる真射の姿に、小影は一瞬手を差し伸べるべきか逡巡する。
(動じるな僕……!)
悪いのは彼女だ。自分じゃない。言い訳で心を取り繕い、小影は真射から逃げ出した。
×
「ふう……」
逃げた先の公園でようやく一息、小影は大きく伸びをする。
そう広くない公園には近所の子供たちが遊んでいて、そんな平和な光景を見ていると心が和んだ。それに天王寺真射の監視からようやく解放され、心の底から清々しい気分になる。自由って素晴らしい。そう思った。
中学三年間の付き合いがある鳴坂登和ならまだしも、これまで特に接点のなかった他人と朝からずっと一緒なのは少し堪えるものがあったのだ。
「さて……」
一人になってリラックスできると、どこか頭の回転に違いがあるように思う。見張られている時には浮かばなかった発想が脳裏をよぎる。
(誘拐でなくとも、丸一日、何の連絡もなく家を空けてるんだから警察に届けてもおかしくない……よね?)
しかしそうすると、まず間違いなく登和の両親にも連絡がいくだろう。それは困る。
警察に頼って必ず見つかる保証もない。
(自力で探すか、それとも――)
まだ誘拐説を信じたわけではないが、天王寺真射がこんなことを言っていたのを小影は思い出した。
(手出ししなければ、登和を解放する……)
自分が真射に対して何もせず、期限として定められた一週間が過ぎれば、何事もなく登和が戻ってくるかもしれない。登和がいなくなったことに関わっていないにしろ、真射は何らかの手段で登和を取り戻すことが出来るのかもしれない。
そうなると、ここは大人しく彼女に従っている方が得策か。機嫌を損ねると登和に悪影響が及ぶかもしれない……。
「……かもしれない、ばかりで何もはっきりしていない……。何か、彼女が本当に誘拐に関わっているって証拠でもあれば――」
言ってみて、気づく。
そういえば今朝、自分は何か妙なものを突きつけられていなかっただろうか?
(あまりに自然だったから意識してなかったけど……え? あれって……銃?)
思い出してみると、確かにそのような形をしていたように思う。
仮にそうだとして、どうして彼女がそんなものを?
(……誘拐犯……)
ここにきていよいよ現実味を帯びてきた。
だがそこで、小影の理性はなおも反論する。
(つい最近までただのクラスメイトだった相手だよ? 一般人だ。確かに名字は大層なものだけど……)
銃なんて一介の高校生が入手できるものではない。持ってるわけがない。
しかし実際に突きつけられた自分がここにいるのはどういう了見だ。
「……
そうだ、そうに違いない。そもそも、銃だってまったく現実味がないことだ。それを簡単に肯定してしまうのはいかがなものか。
「でもなぁ……」
そんなもの軽く超えるような〝超常現象〟を知ってしまっている以上、そういうことが起きてもおかしくはない……なんて思う自分がいる。
「ダメだ――」
……ぐだぐだ考えていても埒が明かない。一人でいるといろいろ頭が回るが、話し相手がいないと議論は自分の中でのみ空回り、いっこうに結論を導き出さない。
誰かに相談しようという考えが一瞬頭をよぎったが、よくよく考えてみれば、ドラマなどで行われる誘拐では『警察に連絡するな。連絡したら人質の安全は保証しない』などと警告されるのがセオリーではないか。
相談は、出来ない。
ではどうするか。
「考えててもしょうがないし……行動あるのみかな」
言葉にして方向性を定める。とにかく登和を探そう。電話やメールもしてみよう。
「それから……天王寺さんにはあまり近寄らないようにしよう」
宮下小影も男である。思春期真っ盛りの男子である。あんな誘惑めいたことをする相手の傍にいれば、いつ自分が妙なことを仕出かしてしまうかと気が気でない。そうすれば彼女の提示した条件に反することになるため、登和の身の安全を優先するには出来る限り真射に近づかないのが賢明だ。
「間違いが起こらないなんて断言できないしな……」
起こらないように、最善を尽くそう。
帰宅は夜にする。きっと部屋にいるだろう真射が眠った時間を選ぶのだ。そうして真射との接触を断つため部屋に閉じこもり、鍵をかければ問題ない。
我ながら完璧だ。これを順守すれば間違いなど起こりえないはず。
小影はひとり頷くと、友人を探すため公園を出た。
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