07 切欠(3)
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「……
――リビングから二人の会話が聞こえてくる。
「なんでかって聞きたそうな顔してるね」
「……だって」
――助ける
そうやって表情から
誰とでもすんなりと意思の疎通がとれるのは、誰に対しても特別な感情を抱くことがないからなのかもしれない。
そんな彼でも、困っている人がいればなんとかしてあげたい、心苦しく思うのだと言っていたけれど――執着がないのなら、目の前で殺されそうになっている大事な人を助けようという関心すら湧かないのではないか。
「なんでかって言えば……まあ、正直自分でもよく憶えてないんだけど」
「どゆこと……」
「昔の話だからね。小学校の……低学年ごろの。昔の僕は内向的で、見た目のせいもあって〝女の子みたい〟っていじめられてたんだけど。そんな僕を助けてくれた子がいたんだ」
小影の声に、真射は知らず息を潜めていた。
「その子のようになりたいっていう……憧れかな。それが、執着のない僕が動く、行動方針」
そうした感情がなくても、気持ちが湧かなくても、こうなりたい、かくあるべしと自らを規定する方針。
「想うことがなくても、考えることは出来るから」
だから、心ではなく頭で判断する。困っているなら、助けようと。大事と感じなくても、分からなくても――とりあえず、そうしよう。そうするように決めている。
「それを達成できた時、僕だって満足くらいするし、それが誰かのためになったのなら悪いことじゃない。だから僕は人助けをしようって決めてる。……まあ、相手に頼まれてもいないのに首を突っ込むような真似はしないけどね」
そもそも、首を突っ込もうとするようなお節介な感情を抱かないから。
「…………」
意弦は何か考えているのか、黙り込んでいるようだった。
しばらくして、
「そんなに大事な……今でも意識してる思い出なのに、その子のこと、よく憶えてないんだ?」
「そうだね。憶えてない」
やけにあっさりと答える小影の言葉に、二人の会話を盗み聞いていた真射は自分の胸の動悸に気付く。
憶えてない。そう言う彼のあまりの素っ気なさに。
意弦も思うところがあったのか、
「どうして、そう……他人事みたいに。それも執着がないから?」
「かもしれない。けど、こればかりは訳アリなんだよね……。単純に憶えていないというより、僕の中でそれは〝想い出〟じゃなく知識、感情の伴わない情報として残ってるって感じかな」
「どゆこと……」
「とられちゃったんだ、対価として」
「対価……?」
「ノロイちゃんとの契約料。その力を借りる代わりに、僕は僕の、一番大事な記憶を差し出した。というのも、ノロイちゃんがああして実体を得るためには、
まあ、詳しい理屈は僕にも分かってないんだけどね、ほとんど事後承諾みたいなものだし、と小影は途中で説明を投げ出した。
「まあ要するに、ノロイちゃんの今の姿や性格は僕のその記憶を元に形作られているわけだね。そうやって人格を得ることで、意思の疎通が出来るようになって、その力を借りられるようになった」
真射は以前小影が話していたノロイちゃんの〝正体〟について思い出す。
人が人を呪う、想う気持ちから生まれるエネルギーの集合体。『呪いの力』そのもの。
ただのエネルギーの塊が人格を得るためには、誰かの記憶が、想いが必要で、ノロイちゃんに差し出されたそれらは、小影の中ではもはや情感あふれる〝想い出〟じゃなく、色褪せた情報――そういうことがあったというだけの、記録。
「…………」
話を聞くごとに心の中に湧き起こる、この薄ら寒さはなんだろう。
真射は無意識のうちに自分の身体を抱きしめる。
続く小影の声が無機質なものに感じられた。
「その関係で、僕が人助けをする理由その二が、意思を持ったノロイちゃんに、人の『良い想念』を与えることなんだ」
「良い……そうめん?」
「……想念。人の想いだよ。ノロイちゃんが僕に力を貸してくれるのは、人の想念を得て、人を知るため。だから、なるべくなら受けた依頼はきちんと解決したいんだ。出来るなら、ハッピーエンドでね」
きっと彼は、微笑みを浮かべていることだろう。
「君たちの問題も、一度関わってしまった以上は最後まで付き合うから。投げ出されたらむしろこっちが迷惑するから、もう逃げないでくれると助かるんだけど?」
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