05 切欠(1)
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隣ではいつの間にか
眠れないまま夜明けを迎えたり、半端な時間に起こされたりしてきたが、こうして夜中に目を覚ますのは初めてだった。
改めて眠りに就こうと目を閉じてみるも、眠気がこない。仕方なく部屋の片隅をぼんやり見つめていると、徐々に暗闇に目が慣れてくる。
(明日は……土曜日。休みか。もう時間的には今日かな……)
完全に目が冴えてしまったようなので、小影はのそのそとベッドから這い出す。起きる様子のない真射を見て、ふと思い出した。
(そういえばあの子どうしたんだろ……)
神経質なまでに警戒していた真射がこうものん気に眠っているのだから、とりあえず逃げ出してはいないのだろう。
(突き放したのが効いたのかな)
真射と
不安を覚えつつ寝室を出ようとすると、ドアの隙間から明かりが漏れていることに気付く。話し声が聞こえてくる。
(テレビでも見てるのかな)
ドアを開けてリビングを覗けば、案の定、暗いリビングにテレビの光だけが騒がしく輝いていた。その明かりに照らされ、ソファの上で膝を抱える少女の顔が青白く浮かび上がる。背もたれに横に身体を預け、ぼんやりした表情で画面を見つめていた。
「電気くらいつければいいのに」
と、小影が照明のスイッチを入れると、意弦はびくりと身体を震わせた。こちらを睨むその顔を見るに、どうやらうとうとしていたらしい。何度も目をこすり、必死に意識を保とうとしているようだ。
(拘束の類はされてないみたいだけど……)
状況を呑み込んで大人しくしているというにはまだ自分に対する警戒感が強いような気がして、小影はどんな言葉をかけようかとしばし頭を悩ませる。
「えっと……お腹空いてない?」
この部屋に来る前に食事をしていたとしても、睡眠薬入りだったろうからちゃんと食べていないだろうし、あれからそれなりに時間も立つ。ずっと起きていたのならそろそろお腹も空くだろうと思ったのだが、
「……別に」
意弦はぷいっと顔を背け、眠そうな目でテレビ画面を睨みつける。
しかし。
「っ」
目を向けた先、たまたまやっていた通販番組に料理が映ると、まるで生唾を呑み込むように細い喉がこくりと動く。小影はそれを見過ごさなかった。
(……ちょうど、
結局自分一人で食べることになった料理の残りがある。
「何か温めようか?」
「……いらない」
頑ななその態度の理由に、小影はようやく思い至る。
「そっか」
意弦はこれまで睡眠薬入りの料理を与えられていたのだ。手料理を警戒するのも無理はない。今の状況は特にそうだろう。信用のおけない相手の部屋で眠りたいはずがない――
(でもこのまま衰弱して倒れられても困るし)
空腹によるストレスから今以上に話が出来なくなる恐れもある。
(どうしようかな)
何かないかとキッチンを覗いて、小影はあるものを見つけた。
「そうだ、ラーメン作ろうか? カップ麺」
「……いらないっ」
――単純に、「食べたい」と素直に言えないだけかもしれない。
(女の子的には夜中にカップ麺っていうのは抵抗あるのかな、やっぱり)
そんなことを考えながらも小影はお湯を沸かし、カップ麺を用意する。仮に意弦が食べなくても自分が食べればいい。小腹を満たせば眠気もやってくるだろう。
お湯を入れたカップ麺を意弦の前に持っていく。食欲をそそる香りに意弦の喉が鳴った。そちらに吸い寄せられる視線を懸命に別のところへ逸らそうとする様子がいじらしい。
「ッ」
しまいには赤い顔で小影を睨む。小影は自分の中に湧き上がる感情を自覚した。
――どこか行ってあげようかな。
「生憎と、君のそれは僕には効かないよ。耐性があるから。だから僕はこういう目に遭ってるんだよ」
「……どうして」
「僕が君とは縁もゆかりもない赤の他人なのもあるかな」
小影は意弦の向かいの椅子に腰を下ろす。
「すぐには信じられないかもしれないけど、信じてもらうためにもちゃんと説明した方がいいかな」
とりあえず真射に話したように、『呪い』と『絶対理性』について簡単に説明しておく。昨夜はその辺をちゃんと話さず、一方的に呪われていると言ってしまったからか不信感を抱かれてしまったが――
(……今も変わらないな)
ただ、さすがにノロイちゃんという明確な怪異が出てくると、警戒こそされたものの意弦も小影の話に耳を傾ける気になったようだ。しかし怯えられたままだと話しづらい。用が済んだらノロイちゃんには消えてもらう。
「さいきんつごうよくつかわれてる件」
「いや、まあ……今週やけにハードだったね」
意弦が異様なものでも見るような目を向けていた。
「まあ、そういうわけで。君はそれを超能力か何かだと思ってるのかもしれないけど、僕に耐性があるということは――君のそれは、『呪い』だ」
「…………」
黙り込む意弦に「とりあえず」と、三分経ったカップ麺を促すと、彼女はしかめっ面をしながらも仕方ないからという風にカップ麺に手を付けた。
「食べながらでいいんだけど……強い理性に必要なものはなんだと思う?」
ずるるっと麺をすすり、意弦は顔を上げた。少し照れたように顔を背けながら、
「……心がないんじゃないの」
それなら他人の感情にも揺らがないだろう、と。
「そういう風に言われることもあるけど……僕にも心はあるよ」
小影は苦笑する。
「僕に欠けてるのは、何かを〝好き〟だって想う感情さ」
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