04 逃げようたってそうはいかない




         ×




 どこか遠くから都会の喧騒が聞こえてくるが、小影こかげの住むアパートの近辺は不思議と静まり返っている。


「君、常日頃からそんなもの持ち歩いてるの……?」


「今日は特別」


 街灯が照らす夜道を、小影は真射まいと二人で歩いていた。

 いや、正確には三人。真射に背負われている意弦いづるは大人しくしている。


「というか……ぐったりしてるね」


 真射の首に回した意弦の手には、街灯を反射して鈍く輝く――手錠。そのせいで彼女は真射から離れたくても離れられず、それ以前にそうする気力も湧かないはずだ。


(せっかく逃げたのに、すぐ捕まったからね……)


 というのも、真射には意弦を捕捉する手段があったのだ。


 登和とわの部屋で何をしているかと思えば、彼女は携帯電話のGPSを使おうとしていたのである。


 意弦はアパートの近くで見つかった。夜道が恐かったのかもしれない。光を放つ自販機の横に隠れるように座り込み、真射に捕捉されているとも知らずに自分の携帯電話を使っていた。家族に助けを求めようとしていたようだ。


 見つかるとさすがに逃げ出そうとしたが、真射の方が一枚上手だった。すぐさま意弦に近付くと――取り出したのは、スタンガン。容赦なく意弦を襲って彼女を捕え、現在こうして部屋に戻るところである。


「それにしても……」


 小影は隣を歩く真射と、彼女に背負われてめちゃくちゃ嫌そうにむくれている意弦の顔とを見比べる。


(似てないなぁ……)


 意弦に睨まれる。


「僕は言ったよね、帰っても歓迎されないって。それなのに家に帰ろうとして、家族に迎えを頼んで――お父さんはそれに応じそうになったみたいじゃないか」


「…………」


「君、?」


 その問いに意弦は顔を背けながら、


「だったら何?」


 意弦の声には小馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。


「…………」


 これには小影も少しだけムッとなる。


(この姉妹は……)


 どこまでひとを振り回せば気が済むのだろう。


天王寺てんのうじさん、ちょっとその場で三回くらい回ってくれないかな。激しく」


「?」


 首を傾げながらも、真射は言われた通りその場で回った。

 意弦が振り回され、必死に真射にしがみつく。


「う……、わんって言えば、いい……?」


 真射が変なことを言っていたが、小影の耳に入らなかった。


(たまにこうして感情的になってみるのもいいかもしれないなぁ……すっきりする)


 少しだけ気分が晴れたところで、小影は改めて意弦に訊ねた。


「君は『呪い』を自覚的に行使できるんだね? なら、それを使わなければこの問題は解決する。僕が言いたいこと、子供の君に分かるかな?」


 あえて意識的に高圧的な言葉を選ぶ。そうすることで意弦は余計反発するかもしれないが、こんな嫌味な相手の部屋で過ごすよりは、と考えを改める可能性に小影は賭けた。


「分からないなら教えてあげるよ」


 もう使うな――と、小影は釘を刺す。


「ふん」


 意弦はどこまでも反抗的な態度を崩さない。


「どうせ……とっとと終わらせて、お金が欲しいんでしょ」


 拗ねたようなその物言いに、小影は毒気を抜かれたように言葉を失うが、


「僕はね、君のせいで――君たちに、大事な友達を誘拐されて、人質にとられてるから、仕方なく付き合ってあげてるだけだよ。お金なんてどうでもいい。叶うなら、君たちとはもう二度と関わり合いになりたくないね」


 突き放すようにそう言って、小影は帰路につく足を速める。

 帰宅すると二人には構わず、真っ直ぐ寝室へ向かった。


「小影……っ」


 真射が意弦を背負ったまま追いかけてくるが、それを阻むように小影はドアを閉ざした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る