02 一週間目の真実(1)
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長かったようで振り返ればあっという間の一週間だった。
そして金曜の夜には登和とこの数日の出来事について語り合いながら一緒に夕食を食べられるものとばかり思っていた。
それがどうしてだろう。
友人の姿はどこにもない。
「えっと、それで?」
小影は真射の前にお茶を出し、二人の向かいに引っ張ってきた椅子に座る。そしてさっきから貼り付いて剥がれない笑顔のまま問いかける。
「その子、何?」
リビングのソファに座る真射に寄りかかるようにして、問題の少女は眠っていた。
小学生か中学生くらいの、幼い女の子だ。
茶色がかった淡い色合いの髪は、ふんわりとまとまった肩までのセミロング。ほっそりとしたシャープな顔立ちをしていて、瞼を閉じたその表情は邪気のない子供そのものだ。肌が青白く、血管の浮き出た細い手首などから病弱な印象を受ける。
どことなく育ちの良さそうな雰囲気のある容姿で、それに相応しい白いワンピースタイプの服を身にまとい、真射のものだろう高校のブレザーを羽織っている。
「この子は
「…………」
「この子の『呪い』を解いて。それが依頼」
見た目の印象から、小影はその意弦という子がどこかのお嬢様ではないかと思った。
お嬢様と……。
「今は薬で眠ってる」
この発言である。
「…………」
小影は絶句して、ただただ真射の顔を見つめていた。
忘れつつあった彼女に対するイメージが頭の中で言葉になる。
……誘拐犯。
「君……どこから攫ってきたの……」
「こうしなきゃ外に連れ出せなかった。そういう『呪い』を持ってる」
「そんな話を信じろって?」
「この子の父親から、手紙も預かってる」
そう言って、真射は意弦が羽織っているブレザーのポケットから白い封筒を取り出した。小影は怪訝に思いながらもそれを受け取る。いつかのラブレターのようなものではない、ちゃんとした無地の封筒だ。
封筒を開き、中の手紙を広げる。ざっと目を通す。
「この子を助ければ……『呪い』を解いたら、報酬が出る」
真射の言う通り、そういう旨が書かれている。他にも『呪い』と思しき、意弦の周辺で起こっている異変についてが簡単に書かれていて――手紙の終わりに、差出人だろう人物の名前があった。
――天王寺
「その子……君の妹?」
手紙から顔を上げると、真射は冷めきった無表情のまま、
「違う」
「…………」
「この子も私を姉だとは思ってない。赤の他人」
「……まあ、いろいろあるんだろうけど……」
とりあえず、手紙にも詳しいことについては真射に訊ねてほしいとあったので、小影は事情を聞くことにする。
「この子の家はお金持ち、その父親は社長。大企業」
「うん、シンプルで分かりやすいね。それで?」
「助ければ報酬が出る。言い値。だけど、おかしなことをしたら……」
「そこで変に溜めないでくれるかな……」
手紙にはその辺については言及されていないものの、小影もことここに至っては自分の置かれている状況が漠然と分かってきた。
「この一週間は……」
「小影がこの子を預ける信頼に足るか、どうか……それを試すための、一週間」
そのためにもう一人の娘を送り込むなんて思えないのだが、今はそれより他に気になることがあった。
「
「そんなこと一言も言ってない」
確かに、一週間手出しをしなければ解放するとは言っても、それがいつとは明言していなかったように思う。小影が勝手に、そうあってほしいという願望から早とちりしていただけだ。
「まあ、何歩か譲って、そこはいいとしよう」
そうと決まれば、早速この問題にとりかかるだけだ。そしてぱぱっと解決して、登和を帰してもらう。
小影は手紙の中にもある、意弦をこの部屋に預ける理由について詳しい説明を求めることにした。真射に視線で促すと、彼女は淡々と、
「小影に預けるのは、この子の母親が、妊娠してるから。男の子」
「……なるほどね」
大事な時期で、子供を身ごもっている母親は自分の身体を大事にしなければならないのだが――ある日、自分のことを差し置いて意弦の世話にかかりきりになって、栄養失調で倒れるという〝事件〟が起きた。
「おかしくなったの。めちゃくちゃ甘やかしてた」
「君がいうとなんか説得力あるね……」
そういうことが何度も続いて――学校で『呪い』に関する噂を聞いていた真射が、意弦のそれは『呪い』ではないかと判断し、今に至る訳だ。
「今分かってるのは、この子はたぶん、他人を操れるってこと」
「
「そう、そんな感じ。母親だけじゃない、他の人も。その父親もそうだし、操られている間、『そうすることが当たり前』みたいに思ってたって。『そうしなきゃいけない』っていう」
「……強迫観念」
父親の手紙にも、ふと我に返って、自分はいったいどうしてしまったのかと戸惑い、超常現象のようなものを信じるほどの体験だったと記されている。
「私は無事だった」
「超有能だからかな」
「かもしれない。でも、他の人はそうじゃないから。この子、この一週間くらい隔離されてた」
真射はもたれかかってくる意弦を追いやろうとするように肘で小突く。
「……影響を受けない君なしで、よくもまあ一週間もったものだね」
「そこで薬の出番」
「あぁ、なるほど……」
食事に薬を盛って、何かする前に眠らせる方法を選んだのだろう。
「ずっとそんな感じ。『呪い』が解けないと、家からも出せない。何が起こるか分からないから」
「学校も行けないし、いろいろ実害が出てる、と」
「そう。それに、いい加減、薬の効き目も……」
その時、意弦が小さく唸った。真射は即座に立ち上がる。支えを失った意弦がソファにぼすっと倒れた。
「私、隣の部屋いるから」
「えっ、ちょっ、天王寺さん? この子、放置?」
「任せた」
それだけ言うと、真射はそそくさと出て行ってしまった。
あとには、小影と意弦の二人だけが残された。
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