第三章 ノープライス/ノープレイス

01 繋がり終わりへ、また夜に




 ――別に、名残惜しいわけでもなかったけれど。


 宮下みやした小影こかげはその日、学校帰りに寄り道をすることにしたのだ。


「ちょうど先週だよ、君に手紙で呼び出されたあの日だ」


 完全に口数が途絶えてしまった天王寺てんのうじ真射まいに代わって、小影は一人で喋り続ける。


「僕が学校に残ってたのは、この件で先生に相談されてたんだよね。噂を聞きつけた先生が、自分のクラスに不登校の生徒がいるから、それをどうにか出来ないかってさ……」


 足元に伸びる影がなければ、後ろを歩く彼女が本当にいるのかどうかさえ分からないような、そんな静寂が尾を引いた。


「正直どうしたらいいか分からないし、仮に『呪い』だとしても対処が難しいから一応保留ってことにしてもらったんだけど――まさか、ここで繋がってくるなんてね」


「…………」


「その子、綴原とじはらさんと同じクラスで……同じ中学出身らしいんだ」


 そして、その子と結灯ゆうひとを繋ぐ共通の知人とも言える、ある人物の名前が出てきたのだ。


 反井そりい麻知まちという少女である。


「何かしら接点があるんじゃないかと思ってさ。だから今日はこうして」


 相談を持ち掛けてきた教師に教えてもらった、件の生徒の自宅を訪れたのだ。

 自分に何か出来るとは思っていないが、単純に結灯の問題に関する手がかりが得られるかもしれないから、話だけでもしてみようという考えだ。


橙森とうもり……ここだね」


 閑静な住宅街の中にあるごく普通の一軒家。そこがその生徒、橙森架苗かなえの実家らしい。


「さて……君はここで待っててくれる?」


 別にここまでついてきてもらう必要もなかったのだが、小影は家の前で真射に言っておく。


「うちの学校の屋上が今年になって立入禁止になったの、知ってるよね。その子……自殺未遂をして不登校になったらしいからさ、デリケートなんだよね」


「…………」


 なんの反論もない。何を考えているのかよく分からない表情でこちらを見返してから、真射はすっと視線を逸らした。


「僕一人で話を聞いてくるよ。なんなら、先に帰っちゃっててもいいよ」


 それだけ告げてから、小影は橙森家のドアチャイムを押し――現れた橙森架苗の母親と話してから、その家に上がった。




         ×




「……普通に緊張したよ」


 別になんてことない普通の女の子だったのだが、それ以前に、顔もよく知らない女の子の家に上げてもらって一対一で話をするという状況が初めてだったのだ。架苗の母親にも最初は訝しまれたが、教師の方から連絡が入っていたらしい、思ったよりすんなりと家に上げてくれた。


 架苗は大人しく気弱そうな子で、自殺未遂したというから迂闊なことは言えないなと警戒しつつ臨んだのだが、乙希いつき将悟しょうごを相手にするようなプレッシャーもなく、聞きたいことは聞けたし、伝えたいことを伝えることも出来た。

 結果は上々と言えるだろう。


「あの子が普通に登校できるかどうかはまた別の話だけどね」


 それでも、やれることはやったつもりだし――出来るなら、やれることをしてあげたいと思う。


「…………」


 真射は相変わらず何も言わない。


 小影には彼女がどんな想いを抱いてこうしてついてきているのかさっぱり分からないものの――今日で最後だ。

 別に今生の別れになるわけでもないし、彼女が転校するわけでもない。来週になればまた普通に教室で会える。なんてことない、ただ今のおかしな関係が改善されるだけだ。


 だけど、とりあえず、一つの節目として。


「君がいてくれて助かったよ」


「…………」


 来る時に足元にあった影は、今は後ろに向かって伸びている。だから少し後ろをついてくる彼女がどんな反応をしたのか、小影には分からない。


到辺とうべさんの時も、今日の涙条るいじょうさんの件も」


 自分一人では手に余ったし、将悟は彼らしく行動で想いを示してみせたものの、真射の言葉がなければ乙希の心に光を灯すことは難しかっただろう。

 そのことは素直に感謝している。

 けれど。


登和とわがいてくれたら」


 真射が必要なかったのも事実だ。

 もう少しうまく運べることもあったかもしれない。


 それも――今日で終わり。


「じゃあね」


 適当な分かれ道で、小影は真射に別れを告げた。

 彼女は何も言わなかった。ただ黙って頷いて、そのまま別れた。


(やっと……)


 少しだけ感じる気まずさを押し殺す。


(登和が帰ってくる。酷い目に遭ってなきゃいいけど……まあ間違いなく不機嫌だろうから、出迎える準備してあげないと)


 そんなことを思いながら帰宅したのに――どうして、こんなことになったのか。



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