幕間 二
2 天王寺真射
幼い妹は病弱で、母はいつも妹にかかりきりだった。
時折忘れそうになるくらいそれは意識しないものになっていたけれど――私の両親は、本当の親ではない。妹の面倒を看る母を見るたび、そうした孤独感が発作のように襲ってきた。
この家に、私はもう必要ない――そういう気持ちが、ずっと心の奥にある。
両親が「勝手に家から出るな」「勉強しろ」とうるさいのは、きっと本当の子供じゃないからだ。私のことが嫌いなのだ。
……今思えばそれはありふれた子供心。だけどそれが、あの日、私が両親の留守を見計らって家を抜け出した理由だった。
その街は私にとって地元ではなく、普段の登下校は車での送り迎えだったから、自分の足で出歩くのは新鮮で、どこへ行っても初めての景色ばかり。
でもそれはつまり、どこも見知らぬ場所ということで……。
迷子になった私は不安と理不尽な状況への苛立ちでいっぱいだった。
だから――行きついた公園で、同い年くらいの子どもたちにいじめられている"女の子"を見かけた時、そこに割って入ったのは正義感とかそんな褒められた動機からではなく、単なる八つ当たりのようなものだった。
きっとその時の私はあの子にとって、男の子みたいに見えたのだろう。髪も短かったし、スカートも穿いていなかったから。そういう誤解をされても、仕方ない。
それでも……あの子にまるでヒーローのように慕われて、悪い気はしなかった。
ある日、勉強もせずに家を抜け出して遊んでいたツケが回ってきた。
テストで悪い点をとることが続き、そのことで両親に叱られたのだ。
夏休みは家庭教師に教わったり塾に通っているうちに過ぎていき、家にいる時間も自室にずっとこもりっぱなしだった。
勉強漬けの毎日の終わりは唐突だった。
妹が急病に倒れ、両親共に家を留守にしたのだ。
それをいいことにこっそりと家を抜け出し、あの子との待ち合わせ場所である公園に向かった。
会ったら何を話そう。何をして遊ぼう。会えない日々に積もり積もった想いが足を急がせた。
――けれど。
あの子はいつまで待っても現れず――日が暮れて、知らない夜道を泣きながら家路についた。
あの子だけが自分にとって唯一の、何より掛け替えのない大事な存在で――失って初めて、そんなことに気が付いた。
あの子だけが、世界でただ一人、私を受け入れてくれる――自分の居場所だと。
それを失った今、私の居場所はどこにもない。
血の繋がらない両親、二人の本当の娘。心を閉ざした。
誕生日、卒業式、入学式、受験……〝家族〟と過ごす時間ほど、空虚なものもない。
だって私は、他人だから。本当の娘に比べれば、そのどれもが色あせる。
差別されていたわけじゃない。愛情が欲しかったわけでもない。
ただ、私にとって――私にとって、なんだろう?
やっぱりそれは、妹のもので、私のものじゃない――そんな想いがあったのだと思う。
暗澹たる日々は漠然と過ぎていった。
無気力に、しかし養ってもらっている以上、彼らの〝子供〟として相応しくあるよう努め――
そして、高校生になった。
見飽きた景色は変わらないのに、あの頃とはすっかり様変わりした自分を引きずるように歩いていた。
あの日に心を残しまま、体だけが勝手に成長して、気付けば高校生。
このまま卒業し、大学に入って、就職し、誰かと結婚して、そして……いつか、死ぬんだろう。
いつか、この色あせた日々も想い出になって、誰かといる幸せを感じられる日が来るのだろうか。
そんな「いつか」を待っているだけの、なんの希望も抱けなかった日々に――
――こかげ……!
ふと聞こえた声、その名前。
再会は、唐突に訪れた。
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