19 理想の王子様(3)
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影のような見た目だが確かな実体を持った、黒い馬に跨った黒い人型。
槍――ランスを持ったそれは、王子というよりも『騎士』を連想させた。
「なんか……とんでもないものが出てきたな……」
廻の時のように『現象』として現れる場合がほとんどだが、たまに――『呪術師』の素質を持っているのではないかと思しき人物のケースになると、こうした『実体』が具現することがある。何度か対処してきたが、どれも相当厄介だった。
今回のそれは、
なんにしろ――
「
「え、あ……」
馬も含めて三メートルは優に超える『騎士』を見上げてぼう然としていた真射は、遅れて我に返ったように何度も頷いた。
「私、超有能。超やばい。だから、大丈夫」
「…………」
「超がんばる」
「……期待してる」
小影がノロイちゃんを用意していたように、真射もばっちり拳銃を持参していた。ノロイちゃんの影響を受けて光沢をもったその表面が血のように赤く染まる。
「こかげ、あれ超やばい」
ノロイちゃんが『騎士』を見上げて呟く。単に真射の真似をしただけなのか、それとも本当に『超やばい』のか、いずれにしても小影は『騎士』に対してそれほど有力な手段を持っていない。
出来ることといえば、乙希の説得くらいだ。
「これが……」
突然の出来事に戸惑い足を絡ませて転んだのだろう、立ち上がりながら、将悟もまた『騎士』を見上げていた。彼に向けられていた乙希の『想念』が解き放たれこうして姿を持ったことで、将悟自身はだいぶ楽になったはずだ。彼にも働いてもらわねばならない。
「
「
小影が代弁するのでも、『呪い』に歪められるでもない、嘘偽りない彼の本心を。
乙希は『騎士』に庇われるようにその足元で未だに耳を塞いで蹲っているが、今なら将悟の言葉がちゃんと伝わるはずだ。抵抗なく受け入れられるだろう。聞きたくないと現実逃避する想いをこうして外に出したのだから。
「…………」
将悟は乙希を見据えてから、彼女に向かって一歩踏み出した。
「涙条、俺は――」
「……本正くん!」
将悟の言葉を遮ろうとするように、馬上の『騎士』がランスを振り抜く。
「っ」
将悟はとっさに足を引いてそれをかわすが、バランスを崩して尻餅をついた。追撃するつもりか、ランスを持つ手が引かれ――
(マズいな……これは大丈夫なやつか? いつかみたいな『物理タイプ』だったらどうすれば……)
しかし、そんな不安をあおられ緊張を強いられる場面でこそ、小影の『絶対理性』は真価を発揮する。
「ノロイちゃん!」
呼びかけると赤い布切れが拳に巻き付いた。肉弾戦は不得手だが、小影は『騎士』に接近してその馬の脚を殴る。まったくびくともしなかったものの、『騎士』は標的を将悟から小影に変えた。
そして――思いっきり拳を振り抜いたはいいがすぐに飛び退けるほどの身体能力を持っていない小影に、騎士のランスが振り下ろされる。
「っ――」
とっさに体を横にずらす。直撃は免れたものの、ランスは小影の左肩を貫通した。
(これは――ぁっ!)
痛みはない。しかし一瞬ズキリと頭に痛みが走った。
(心がやられる……!)
それを一言に集約すれば――『嫌だ』。
そこに込められているのは、乙希の中の『将悟の嘘』を否定する気持ち。
まともに喰らえば、常人なら自己を否定される――『存在否定』に苛まれ、最悪の場合、心神喪失に陥るかもしれない。
しかし小影はそうはならない。
このための――『絶対理性』だ。
(まずは涙条さんの説得を。こういうタイプは『呪い』を生んだ本人がその『想念』を抱えてる限り決して消えない。逆に、その『想念』さえ消えれば弱体化する。幸い涙条さんの『想念』は全部『騎士』に供給されていて、聞きたくないって想いが凝り固まることもないから……涙条さんに立ち直ってもらって、弱体化したところを叩こう――)
小影は真射に指示を飛ばす。
「天王寺さんはそいつを引きつけて! その間にこっちで――」
言うまでもなく、自称超有能少女は赤い光弾を『騎士』目がけて放っていた。光弾は『騎士』にぶつかるが、その表面を軽く抉った程度。消滅には至らない。
「よくも……っ」
真射は冷静に状況を判断したとはとても言えない表情をしていたが、それでも彼女はしっかり『騎士』を自分に引き付けていた。
将悟もその間に立ち上がっている。
(天王寺さんが時間を稼いでる相手に――)
将悟が口を開こうとして、告げるべき言葉を探すように目を伏せる。自分がなんとかしなければという想いはあっても、それはこの状況だとプレッシャー以外の何ものでもない。特に将悟の場合、自分の言葉がまた乙希を傷つけるかもしれないという不安もあるだろう。すぐに動けないのも仕方ない。
(僕に出来ることは……)
正直、あまりない。今の乙希にとって小影は、彼女の夢を壊した邪魔者だ。裏切り者だ。評価は最低、何かを言えば逆効果になりかねない。
そうは分かっていても。
だからこそ。
(君には、僕と同じ想いをしてほしくないんだ)
理想に恋する彼女を『間違っている』と断じるつもりはないけれど、『このままではいけない』と思うから、小影は一歩を踏み出した。
「涙条さん――」
その時だ。
「っっっぁぁぁ――――!」
引き裂くような声が小影の鼓膜を叩く。
「天王寺さ――、」
とっさに振り向けば、『騎士』のランスが真射の脚を貫いている。避けようとして失敗したのか。真射は頭を抱えて声にならない叫びをあげていた。
「ノロイちゃん!」
小影は腕を振るう。赤い布切れが拳から離れて真射の元へと飛んで行った。真射の上に落ちたそれが仄かに輝く。どれほどの効果が見込めるかは分からないが、ある程度なら『呪い』の威力を緩和できるはずだ。
(それでノロイちゃんがやられちゃったら本当に打つ手なしなんだけど――)
ここはもう、自分が体を張るしかない。
「涙条さん!」
声を張り上げた。
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