第二章 トリック&トリップ

01 ぜんぶ君のせい(1)




「一攫千金、目指せ未来のシンデレラ。明日あすの幸せつかむため、今は笑われたって構わない!」


 宝くじも買わなければ当たらない――みたいな理屈で、ぼろぼろになったドレスを必死に補修するシーンである。まずは宝くじを買うため地べたに這いつくばってでも資金をかき集めようという段階で、とにかくドレスの体裁だけでも整えるためカーテンやら何やらを縫い合わせているところだそうだ。


 この劇のテーマは一応『諦めずに努力を続けていればいつか報われる』というものらしいのだが、その表現がかなりひねくれているような気がしないでもない小影こかげだった。


「今日は到辺とうべさん、ミスらないね」


「……そうだね。お陰でなんだかアホっぽいんだけど……」


 見ていて痛々しいというか、可哀想というか。なんだか同情を誘うヒロインだ。舞踏会で彼女を見初めた王子様もそんな気分だったのかもしれない。見初めたというよりは見かねたというべきか。


 ともあれ、昼休みの一件を経て、めぐるにかけられた『呪い』は完全に解消したようだ。彼女に対する嫌がらせもなりを潜めている。噂が広まるのは早く、女子部員たちの郷司さとしを見る目にどこか冷やかなものを感じたが、小影は気付かなかったことにした。


「さて、とりあえずこれで到辺さんの依頼は解決かな」


 放課後、経過観察のために演劇部の練習を見学した小影はそう結論付ける。


 廻は何もないところで不自然にすっ転んだりすることもなく、その他の配役を決める審査の間もヒロインを演じきった。後片付けまで見守って何もなかったのだからもう大丈夫だろう。廻の演技の拙さは彼女個人の問題だし、その辺は郷司やたまきが改善してくれるはずだ。


「――というわけで、僕はお役御免だね」


 部活を終え、帰り支度をする郷司に報告する。


「そうか。具体的に何をしたのかは知らんが、到辺の表情が昨日より良くなったあたり心配する必要はなくなったわけだな。一応、俺からも礼を言っておく。……ただ、うちの部長は昨日のようなドジっ娘ぶりを発揮しないことがいささか不服だったようだが」


「まあそれは仕方ないよね。というかそれこそ演技でフォローすべきだよ」


 あははは、と笑いながら、しかし小影の内心は暗澹たるものだった。


 廻の一件が解決してしまえば、もう委員長とこんなにも親しげに話すことはないと思うからだ。

 別に彼と話せなくなることが名残惜しいわけではない。


 真射まいに片腕をがっちりロックされたまま逃げられず、このまま自宅に直行して翌朝まで耐え忍ばねばならないと思うと憂鬱に沈むのだ。仄見家に逃れることも難しく、そうなれば郷司と接する機会も自然となくなるだろうという話である。


 そんな悲しい現実からせめて今だけでも意識を逸らすべく、真射の方を見ないようにしながら郷司と楽しくもないお喋りを続けていると、


「――迷惑なんだ」


「ぁ……、うぅ……」


「……っ」


 体育館から少し離れたところで何やら不穏な空気を醸し出している男女の姿を見つける。直前まで何か話していたようだが、赤いジャージ姿の男子の一言をきっかけに女子の方がぐずりだしてしまった。しゃくりあげながら嗚咽を漏らすその女子に、小影は見覚えがある。


涙条るいじょうさん、と……」


本正ほんまさだ。本正将悟しょうご。うちの部員だ」


「そうそう。なんだろう、痴話げんかかな……?」


「わくわく」


 わざわざ声に出してまで期待感を露わにしている真射を意外に感じた。小影はあんまり見ているのも失礼だろうし気付かなかった風を装ってこの場を去るべきだとは考えたのだが、真射が興味を持っているようだし、もしかするとこれは隙を突いて真射から逃げ出すチャンスかもしれないと思ってしまう。


 それが運の尽きだった。

 本正将悟がこちらに気付いたのか気まずそうに去っていくと、


「うっ、うあぁあああああ……ぅ」


 一人その場に残された涙条乙希いつきが本格的に泣き出してしまった。子供のように大声を上げはしないが、立ち尽くし俯いて、涙を堪えよう、声を抑えようとするそれこそ涙ぐましい努力が同情を誘う泣き方だ。


「……女の子を泣かして放置って……」


 小影は逃げるように早足で離れていく将悟の背を見送る。運動部といっても通用しそうな体格で、郷司とはまた違うベクトルで不機嫌そうに見える気難しげな表情を終始浮かべていた少年。

 見た目の印象から上級生のように感じていたが、小影や郷司同様、二年生らしい。頼り甲斐がありそうな雰囲気を醸していて、実際演劇部での裏方の仕事はほとんど彼が取り仕切っているという。三年生にも頼られる、裏方のリーダー的存在だ。


 何か事情があったのだろうし、乙希が特別泣き虫なだけかもしれないが、小影にはどうしても彼がそういうことをする人物には見えなかった。


「うっ、ひっく……」


 乙希は未だ涙をこぼしている。昼も大泣きしていたが、あれも将悟が関係していたのかもしれない。


「修羅場終了……?」


「君は何を期待してたのかな」


 若干残念そうにしながらひとの肩にもたれかかる真射から顔を遠ざけつつ、小影はあれどうしようという視線を近くにいる郷司に送った。


「困っている女子を助けるのはお前の仕事だろう、宮下みやした


「皮肉めいた含みを感じるんだけど……まあ、彼女とは多少なりとも縁があるし」


 少し、――



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