幕間 一
1 宮下小影
あれは、小学校に上がったばかりの頃だろうか。
それ以前からもそうだったが、その頃からより顕著になったのかもしれない。
きっと傍目に見ればちょっとした悪ふざけ、子供同士じゃれあっているように映ったのだろうが、僕にとっては苦痛以外のなにものでもなかった。
どうして自分だけこんな目に遭うんだろう。幾度となく思い、呪う日々が続いた。
そんなある日のことだ。
出逢いは、休日の公園。
家にいてもすることがなくて外に出れば、同じように手持ち無沙汰な同級生たちに出くわしてしまった。彼らの向ける、邪気のない、しかし心もない言葉は刃物のようだった。石を投げられるよりも飛んでくる言葉の一つ一つの方が痛く、何度も胸を打った。
つらくて涙をこぼせばいっそう笑われるだけだ。だから泣くのは堪えた。強がって、見栄を張って、だけど中身はぼろぼろで、今にも崩れてしまいそうだった。
そんな時、あの子は現れたのだ。
臆して何も出来ない僕と違って、あの子は力強く、たくましく、自分よりも大きな男の子たちに向かっていった。
まるでヒーローのようだった。
出逢いのあの日をきっかけに、あの子とあの公園でよく遊ぶようになった。
友達と呼べる唯一の存在だった。
あの子と過ごす時間があれば同級生たちの視線にも耐えられたし、いつ頃からか、そんなものなど苦でなくなっていた。あの子の存在が心の支えとなって、それを頼りにしながらも少しずつ強い自分を築くことが出来たからだ。
住んでいる地区も違えば学校も異なるから、会えるのは休日、特に約束なんてしなくても公園に行けばあの子は待っていた。
それが、どうしてだろう。
あの子が現れなくなったのは。
日が暮れるまで待っていた。だけどいっこうに現れず、次の日も、また次の日も、一人の時間は続いた。
伝えたいことがあったのに。
父親の仕事の都合で引っ越すことになって、もしかするともう会えなくなるかもしれないのだと。
そうなる前に一度でいいからあの子に会って、その存在にどれだけ自分が救われたのかを伝えたかった。
――あとになって思うのは、自分にとってあの子は特別でも、あの子にとってはそうじゃなかったのではないか、ということ。
子供心にも感じるほど、重たかったんじゃないか。
まるでヒーローのように慕い、憧れ、あの子に頼り、縋っていた。
僕は僕の理想を強いてはいなかったか。
憧れを押し付けてはいなかったか。
――『友達』という役割を。
薄々気が付いていたんだ、お互いの間に横たわる大きな〝誤解〟に。それに見て見ぬふりをして、自分を偽り、相手に嘘を強いていた。
だから、別れを言えなかったことが、ずっと心残りだった。
友達という〝呪縛〟が、未だあの子を苦しめているような気がして。
幼い頃の後悔は時を経ても消えず、新しい出逢いはあの日の過ちを突きつけるかのように訪れた。
日に日に想いは強くなり――記憶が薄れていくにつれ、より強く。
だから高校進学を機に、生まれ育ったあの街へ戻ることにしたのだ。
初めての一人暮らしや、見知っているようで何もかも変わってしまった故郷に数えきれないほどの不安を抱いても、隣に彼女がいてくれたから耐えられた。
いまなおそうして誰かに頼ってしまっている、弱い自分ではあるけども。
再会が叶うなら、きちんと別れを告げたいと思う。
一年の月日が流れるも、未だその時は訪れない。
仮に出会えたとしても、今の自分に果たしてそれがあの子と分かるかどうか。
奇跡を待つような、風に吹かれ、たゆたうだけのそんな日々が続いている。
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