15 その後ちゃんと許せたら




         ×




「私は別に、その、あなたをヒロインに認めたわけじゃないから! だから、えっと……私に認められるようになるまで努力しなさいよ! あとごめん!」


 ややツンデレを織り交ぜながら謝罪すると、草枷くさかたまきは逃げるようにその場を去る。


『呪い』の影響で身体を乗っ取られた状態だった女子たちも我に返ったらしく、戸惑った様子を見せながらも環を追いかけていった。


 その背中を見送ってから、小影こかげめぐるに向き直る。


「……というわけで、まあ一応許してくれたみたいだしさ。君もヒロインに相応しくないんじゃないかとか悩んでないで、草枷さんから勝ち取ったんだから頑張らないとね」


「う、うん……」


 緊張しているのか、廻はぎこちなく頷いて見せる。


「自信がなくなったら思い出すといいよ。仄見ほのみくんたちは君がヒロインに相応しいと判断したから君を選んだ。だから君はその期待に応えなくちゃ。良かったらあの音声あげようか――」


「……わたし、背が低いの、コンプレックスだったんだ」


「はい?」


 急に何を言い出すんだろうこの子はと小影がきょとんとしていると、廻は神妙な表情になって言う。


「だけど、小さいことで喜んでくれる人がいるってわかって、良かった。うん、なんだか自信が湧いてきます!」


「相手がロリコンでもいいんだ……? 結構ポジティブだね」


「ろりこんって……なに? リモコンみたいなものかな?」


 首を傾げる廻の純真な心に水を差すべきか否か、少しだけ逡巡してしまう。


「……君の頭は平和だね。もしかすると草枷さんたちの嫌がらせにも気付いてなかったんじゃないかとさえ僕は思うんだけどその辺どうだろう?」


「えへへ……」


「…………」


 ふにゃけたような笑みを浮かべてみせる廻を見て、小影は意外そうな表情になる。


(この子は――どこまで『天然』なんだ……? いや、どこまでが『演技』だ?)


 気づかないくらいに抜けているのか、それとも気付いていて――


 小影はしばし笑顔の廻を見つめてから、


「まあ何でもいいけど。そういう君だから演劇部に所属してるのかもしれないね」


「?」


「……ああそうか、天然も演技もない。君は純粋に『強い』んだ」


 嫌がらせの存在に気付いていても、それを苦にしない――いや、それで苦しんでいることを表に出さない強さ。訊ねられても笑顔で応えられる強さ。誰かに心配や迷惑をかけないようにと、他人を思いやれる強さがある。


 悪く言えば、悩みを一人で抱え込み、他人を気にするということでもあり、そのために彼女は『呪い』を受けることになったのだろうが――


「なるほど。それが、君が好かれる一番の理由なのかもね」


 小影はひとり納得し、「さて」と話を切り替える。


「依頼は無事に達成できた。登和とわならここで報酬を要求するところなんだけど……」


「え? お、お金かかりますか……? あ、あう……どうしよう、払えなかったら体でとか言われ、」


「君は助けてもらっておいてその恩人をそういうヤツだと思ってるの? 別に報酬はいらないよ。その代わり、とりあえずここで見たことは黙っておくように。特にノロイちゃんのこととかね」


 すでにその姿はなく――廻もなんのことだろうと言いたげにきょとんとしている。


「まあ、あまり大ごとにしたくないんだよね」


「それは大丈夫! 任せてっ、わたしけっこう口堅い方だよ!」


「うっかり漏れる可能性は多分にあるけど、まあすでに『呪い』云々とか僕のことで噂が広まってるし、話そうがどうしようが何でもいいけどね」


 小影はそうやって適当に話を切り上げると、さっきから黙って自分を凝視している天王寺てんのうじ真射まいに向き直る。


「さて、昼休み終わる前に帰ろうか」


「演劇部の子たちはいいの?」


 口封じをしなくてもいいのか、ということだろう。


「いいんじゃないかな、別に。ノロイちゃんが現れてからのことはロクに憶えてないと思うし――みんな、自然と忘れちゃうみたいだから」


「小影……情報漏洩が激しい気がするんだけど」


「別に知られて困るというほどでもないし、そこまで流出してないと思う。というか今更黙らせても遅いっていうか。すでに学校中で有名みたいだしね。この間なんか先生に相談されちゃったよ」


「随分アバウト」


「……まあなんであれ、君に心配されることじゃないよ。ほら、早く教室に帰ろう」


 そう言って小影は歩き出す。廻は戸惑っていたようだが、小影の言に従うことにしたのかその後を追い、真射も続く。


「あ、そういえば天王寺さん」


「……何?」


 振り返らずに前を向いて歩きながら、小影は少し逡巡して、


「ありがと。君がいてくれて良かった。ほんとにピンチだったから」


「……ぁ」


 反応が大人しいので何かと思って振り返ると、真射は立ち止まって固まっていた。

 微かに頬を赤くしていて、じんわりと滲むように唇が笑みを形作る。


「……うん」


 はにかんで頷くその姿を、ほんの少しだけだが、小影は可愛いと思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る