第八節 透ける品格、届かぬ言葉。




 夕暮れも差し迫る、サンローア・セツト駅構内店。軽食も出す客席の一角に、青一郎達は陣取り、ある余韻を共有する。


「都長がすすめて来る、映画の趣味が意外で驚いた」


 いつになく、素直な感想を告げるのは昂ノ介。


「ど~せ、漫画か子供向けだと思ったんだろ~? もちろん見るけど。

 夏休み公開の『僕らと魔法の絵本』は、ガッチリ予定に入れてるし~」


 案外、打たれ強い都長を援護したのは、リーツ・テイカ産の深い香りと、切れがある酸味を、特徴通りに引き出される珈琲に、満足する蓮蔵だった。


「確かに意外でしたが、『フェッサーの鐘』は素晴らしい映画でしたね。題材に取り上げにくい内容でありながら、堂々と真実と尊厳が表現されていて」

「皆して、意外意外って言わなくても~……」

「そう、むくれなさんなって」


 千丸は、言葉だけは都長をなだめ、手元の季節のパルフェを、崩さず食べる事に視線を集中させる。


「あ、都長。フェッサーの鐘の監督と俳優が出てる作品って、他にある? お勧めを教えて欲しいな」

「……おれも頼む」

「わたしも、お願いします」

「帰ったら、レールで適当な作品を流しておくよ~」


 青一郎、礼衣、蓮蔵の申し出に気を良くした都長は、既に候補を脳裏で並べていた。


 サンローアは、立地によって店舗の外装・内装・特徴が異なる。セツト中央駅構内とあって、時間を問わず客足は絶えない。

 そのためもあり、混み具合も把握しやすく、行列が生じても導線が乱れないよう設計され、間口の開放感も大きい。

 臨海都市の印象とは逆に、緑と天然木材の風合いが、癒やし空間を構築する。

 学業・就業の日々の疲れを、懐深い森林浴気分で拭い去って貰うのが目的だと、強化組とは顔見知りになってしまった店舗長が、先日、笑顔で語ってくれた。


 つまり、人の出入りも激しければ、利用者の年齢層も幅広い。


 声と、気持ちの勢いの調整が難しい音量で会話する高校生達がいても、何ら不思議はなかった。

 今も大口を開き、話しの内容が筒抜けになっている。


「元気が良いって事で」

「そうだな。騒ぐなと、注意書きがある訳でもない。楽しく時間を過ごすのは、大変有意義だ」


 空色の瞳を戻したメディンサリに、昂ノ介が自らに言い聞かせるために発言する。


「昂ノ介って、丸くなったよね。以前なら、眉間にしわを立てて不機嫌になっていたのに」

「うるさいぞ、青一郎。……この面々と行動していると、取るに足りん事だと気付いただけだ」

「素直に、皆と一緒で過ごすのは、楽しいと言えば善いのに」


 白いカップに注がれた、焙煎茶のラテが冷めるのを待つ士紅の一言に、昂ノ介は無言で睨み返す。


 育ちも住む環境も異なる一団が、それぞれに過ごす共有空間。


 容姿の幼さと、珍しい詰め襟の制服から判断される中学生の集団。例の高校生の塊は、会話も一段落した事もあり、好奇の視線を向け始める。


 並ぶ飲食物は様々でも、静かな食事。八名の集まりとあって、談笑は続いているが、遠くに渡らない声音こわねを保つ。


 明らかな生活圏の違いを察した、男女が混じる高校生達は、変わる事のない感性と態度を、新たな話題に紐付けた。


「ねェねェ、男子ばっかで楽しそうにしてるゥー。カワイイねー」

「あ! でも、よくよく見ると、丸ごと全部イイ顔してる!」

「すごー。アレって、名門のナントカって所の制服っしょー。声掛けちゃうー?」


 女子側が揃って他愛もない話しを交わすが、男子側は自尊心に少々傷が走る。

 面白くない気概そのままに、値踏みを始めた男子側の一人が、早々と標的を定めた。


「うわ! 何アレ。白髪じゃねーの!」

「え! ナイナイ! 目立ちてーからって、アレはないわー」

「イヤッハー! 何なのアイツ! イジってまで、そんなに目立ちてーの!?」


 男子の言葉に触発され、女子も巻き込み、白髪の少年・千丸に対する所感を、笑い、大声で騒ぎ立てた。


 若く通る、高校生達の声の案内によって、他の利用客の罪のない目が、千丸へ殺到する。


 自ら発し、思い付くままの言葉で笑い転げる高校生の一団は、注目を集め、虚栄心が満たされ、高揚が止まらない。


 その時だった。


 八名は店員の許可を得て、隣り合う食卓を繋ぎ、四人は壁側の備え付けの席。二人は食卓の両脇の椅子。残る二名は、高校生に対し背を向け椅子に座る。

 整然としていた中学生の集団が、それぞれ同時に動き出す。


 音も無く、背を向ける二名が立ち上がれば、意外な上背を知らしめる。

 片方は前で腕を組み高圧的ににらみ付け、もう一方は自然体だが、白髪よりも珍しい異郷の配色に殺意を乗せる。

 

 厳しく、冷ややかに視線を突き刺すのは、五人。その内の金髪の少年が、何故か片手を肩の位置まで挙げている。


 当の白髪の少年には変化はなく、匙に乗せる果実と白のクラームスの配色に凝り出し、我関せず。


 三席を挟んだ先で起きる変化を、視界に入れた高校生の一団は、業務用冷蔵庫へ放り込まれた心地にさせられた。


「青一郎。制裁の許可をくれ」

「同じく」

「もちろん、許可するよ」


 普段の常識をくつがえし、確認を交わす青一郎達に驚いた礼衣が、間を置く余裕を失う口調で、一同の封じ込めに出た。


「冗談はせ。そんなものを許可するな、青一郎。

 メディンサリ? その手は『マゼンダさん』を呼んだのか。丁重に、お引き取り願ってくれ。

 都長、蓮蔵。敵意丸出しで睨むな」


 礼衣の努力を、端正な鼻の先で笑い飛ばす様子で、士紅が危機感を上乗せする。


「派手な高校生の、五人十人が行方知れずになった所で、何の騒ぎになる。そのくらい、揉み消してくれよ」

「そんなモン、余裕で引き受けるぜ」


 素地の良い貴族然とするメディンサリに、冷酷な笑みが咲く。


「本当に可能なのは知っている。だから、止めろと言っている」

「思ってる事をさ~、言って良いか悪いかくらい教えても、問題ないでしょ~?」

「当然ですね」


 御曹子の仄暗ほのぐらい部分を漂わせる一同を、たった一人で収めようと奮起する、礼衣の視界を飾る涼しげな目元の端に、気概を折るに相応しい人物が入店した。


 メディンサリの世話役であり、護衛も担当するマゼンダが、磨き抜かれた黒の革靴を床に打ち付けながら、颯爽と歩み寄る。


「坊ちゃま。何なりと」

「待って下さい、マゼンダさん。大丈夫です、何でもありませんので、戻って頂けませんか」

「火関様。お言葉ではございますが、委細ならば心得ております」


 主を危機から遠ざけ、主の誇りと名誉の範疇にある全てを守る。それが、マゼンダの役目として、揺らぎもない職務意識と忠誠心。

 その様子は、外出用の使用人礼服に包む姿勢と、濃い茶色の瞳に現れ、礼衣の介入も許さない構えだ。


「……はッ、ははは」


 笑い声の主は、雑然とする空気を掻き分け、強化組へ届ける。


「何じゃ何じゃ、この騒ぎ。ワシの頭の事なんざ、気にしなさんな」

「でも、千丸……」

「はははッ」


 青一郎の声にも、乾く笑いで返す千丸だが、照れ臭い一言を吐息で濁した。


「あ~ァ……、ありがとな」

「本当に良いのか。千丸」

「もちろんじゃ。小さい頃から、祖父に連れ回されとるからな。あの手の視線や、物言いには慣れとるよ」


 昂ノ介と言わず、全員が千丸の礼の一言を聞き漏らすはずもない。千丸の言動に、偽りを隠す動揺も見当たらなかった。


「マゼンダさんも、お気遣い、ありがとうございます」


 千丸は席から立ち上がり、白い頭を深く垂れた。マゼンダも恐縮しながら謝意を受け取り、メディンサリの許可を得て、持ち場へと戻って行った。


「余計な事かもしれないけど~。……千丸の髪、治療すれば元に戻るんじゃないの? あんな理由なんだし、高度医療申請も、すぐ通るはず」


 都長の提案の聞きながら、昂ノ介と士紅が、ようやく席に着く。抜き放たれた白刃が、鞘に収められたのだと一同は内心、安堵した。


「ん~、コレな。お前さん達より先に、髪だけ年寄りになったとしか考えとらんし、〝魔法〟に掛けられたあかしと目印やと思っとる」


 白い頭をく、千丸の面妖な言葉に、彼らは目を見張った。予想に反した話しの内容に、糸口が見えない。


「事件当時の記憶は、綺麗サッパリ抜き取られてな。代わりに両親と過ごした記憶が、鮮明にのこっとる。

 ワシを助けて下さった、恩人さんの〝魔法〟やと、後々教えて貰った」

「恩人と言うのは、やはり……」


 言葉をかすませ、気遣いを立てる昂ノ介に対し、千丸もうなずき肯定した。





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