第六節 掴むは勝機。




 昼過ぎからの雨足は、夏の暑さに小休止を与えてくれる。そんな、昼休み。空調の効いた庭球部の部室で、強化組が雑談に興じている。


「良い色と音だよなァ。リュリオンの季節の小道具は、本当にいきで洒落てるぜ」

豊槻とよつき先輩が、全国を目指す応援代わりにって、差し入れて下さったんだ。

 お姉さんが、新婚旅行先で買って来てくれたんだって」

「演劇部の先輩ですね。ですが、思い出の品を頂いても良かったのですか?」

「おれも、そう言ったんだけど、蒼海の色だし応援してるから、是非にって」


 青一郎、蓮蔵、メディンサリが、目にも耳にも涼やかな、お土産の風鈴に話しを重ねる。


「これ、『オウナ』の茶葉か?」

「……さすがは千丸。違いが分かるのか」

「多少はな。昼休みに出すには、少々値が張るもんやろが」

「……佐々さっさ先輩が、前祝いにと差し入れて下さった」

「あ~、佐々先輩か。確か、有名な茶農園を持っとったな。そこの茶か。贅沢な話しやのォ」


 一方で、差し入れの茶を淹れ、強化組に配る礼衣と、風味について語る千丸。


「意外~。柊扇って、『アミィ』とか聴いちゃうのか。古典とか、演歌とか聴いてる印象だったのに」

「悪かったな」

「良いよね~。働くお姉さんの歌とか、切ない恋心とかさ~。おれの姉ちゃんも、よく聴いてて、歌ってるから覚えちゃうんだよな~」


 思わぬ趣味に、話しを弾ませる都長は、髪型を毎度変えて来る身嗜みだしなみの先駆者・昂ノ介に、手頃な整髪料の情報を引き出そうとしている。


「現実逃避は、その辺りで十分だろう。昼休みが終わるぞ」


 冷ややかな士紅の声に、今度は全員が黙り込んだ。


「そんな事は分かってるさ。

 でもよ、次の州大会。第一シード枠に放り込まれて、勝ち進んだ三回戦目で〝絶対王者・連堂〟と対戦。

 そこで負けたら、五位入賞決定戦にも残れねェってなァ」


 メディンサリが、空調の微風に風鈴の短冊が、左に右へと揺らぐ様に、空色の視線を泳がせる。


「ごめんね。おれの引きがばかりに」


 先日の公休日に行われた、ケイウ州大会の公開選出で、蒼海学院代表の青一郎が引き当てた、全国大会への枠についての謝罪だった。


「謝る事ないだろ~。伝統あるクジ引きなんだしさ~」


 真面目に罪悪感に埋没する青一郎の心緒しんしょを、都長は率直な意見で引き揚げに掛かる。


「そんなモン、いくらでも細工が仕込める。前々から妙な噂は流れとった。

 連堂が、踏み抜きたい相手を叩き潰すための対戦が組まれる。裏では賭博も仕組まれて、大金が動いとる話しもあるしな」

「仮に、そうだとしてさ。そんなの可能か?」

「……全てが、科学の庇護のもとではない。文明が拓かれ、躍進が続いても、分け入れられぬ領域は必ず存在する」


 礼衣は、静かに語る。蓮蔵と並び、電子機器の知識も操作にもける口から、科学以外の法則を甘んじて受け入れる節が込められた。


「何らかの圧力が掛かったとして、三回戦目で連堂と当たるのは事実です」

「確かに、その通りだよ」

「だから、納得出来ねェんだよ。相手が連堂だぜ? 

 期末考査前の部活動停止の免除や、終業式まで公休取って合宿の許可の提案が、ことごとく却下きゃっかってさァ」

「その上、赤点が一つでも付いたら、全国出場も取り消しなんて~。厳しいと思わない~?」


 蓮蔵や青一郎の言葉を受け、跳ね返された提案事項に対し、メディンサリと都長が不満を漏らす。


「蒼海学院は、入ってしまえば一貫方式で進級出来るが、総合大学、工学大学、医科大学が附属している分、進学校気質も根強い。前例もない。伝統として諦めろ」


 現実を鵜呑みにして来た昂ノ介は、正面から全てを受け入れる覚悟を醸し出す。


「お高い場所に居る奴らの、無様な姿を見てみたい。邪魔をするのは、外の奴らばかりじゃ無いって事だよ」


 士紅が再び、話しの筋を呼び寄せる。


「今まで、散々見て来ただろう。親御さんや家名の権力を振り回して居た先輩方を。

 中等科だけでは無く、学院全体を含め、皆はやっかみを買う可能性がある。

 言うのもしゃくだが皆の家名は、かなり高い。これだけ揃うと、群を抜いて目立つ。

 その御子息方に、恥の一つや二つを味わって貰いたいんだよ」

「ふんッ、愚かしい。そのような浅慮など、一々いちいち相手にしていられるか」


 またもや、昂ノ介が話しの内容を切り捨てる。


「他の親御さんが持ち込む都合を、皆は止めている。そこを周囲は突いて来た。

 部活動の邪魔程度の小技で止めたのは、小物が持つ防衛本能が働いたからだな」


 士紅も、昂ノ介と同様に、事実を淡々と並べる。


「実際、皆の親御さん、皆の姿勢には感心したよ。家名を突き付け特別扱いを周囲に強要せず、介入も無い。

 護衛が常に張り付いて居ても善さそうだが、それも無い」


 どこから視線の話しか。士紅は端的な感想を言い出す。


「そこまで出来たのに、何が不満なんだよ」


 士紅の一言は、波紋となり同心円の外周が、それぞれの記憶のはしに溶け、当時の風景が再生される。


「我々は、ぜろの状態だ。何も示さん我々に対して、周りが動か無いのは当然だろうに」


 仮入部の雌伏の時期。ラケットを傷付けられ、激高げっこうする昂ノ介。そよともせずにさとす士紅。

 鎮静する一同の不安の芽を、優しく、力強く励ました青一郎の宣言に応じたのは、どこの誰だったのか。


 無言の時間は己に戻り、それぞれの決意が再起する。


「御託を器用に並べるよりも、じつを果たすべきだ」


 士紅は、止めの一押しで整う唇を閉じた。


「丹布、良く言った!」


 座る膝に掌を一つ打ち、乾いた音を鳴らし、いち早く持ち直したのは昂ノ介。

 たまに出す年配者の仕草に、同輩である事に違和感を覚える数名は、腹の内で個人的な感想を呟くが、今はそれが鼓舞に変換される。


「実なくして名にあらず。名なくして実は響かぬ。実は、おのが身命をもって示すべし」

「……そうだな。我々は、気負うあまり周囲へ事を預け過ぎていたようだ。

 我々には、成すべき本分がある。学生として学業を修め、武人として実績を立てなければならん」

「武人って言っちゃうのか。在純・柊扇・火関は三つ子みたいなモンだし、そりゃ~言い方も考え方も似るよな~」


 昂ノ介と礼衣の会話に反応し、声が突いて出てしまったのは都長だったが、誰も非難する事はない。

 この程度では、角も立たないくらいに、彼らは信頼関係を築き上げている。


「時代は違いますが、先人の言葉は大切ですよ」


 ここで、ようやく気配を起こしたのは、顧問兼監督の深歳。ノート型の端末を操作しつつ、教え子達の移り変わりを特等席で鑑賞していた。


「ヤトモロ魂って奴ですか。おれも、中身のない男にはなりたくねェ」


 リュリオンの前王朝期の精神と紐付け、感慨深く自身に言い聞かせるのは、メディンサリだった。


「じゃ、こうしましょう! 期末考査が始まったら、私達で合宿しませんか」


 妻子持ちには見えない童顔に、無邪気な笑顔で軽く提案する深歳に、強化組の視線が収束する。


「しかし、合宿は難しいのではありませんか」


 代表として、青一郎が懐疑的な発言を返す。


「公休まで取ろうと、欲張ったから蹴られたのです。

 連堂に勝つためには、庭球漬けの生活をして欲しいのは本音。もちろん、学業にもです」


 深歳の話しに、数名の表情に陰りが差す。


「皆さん。試合の前から負けを描いているのですか? それとも、勝ちなのですか? 何よりも、皆さんの決意って何でした?」

「全国制覇です!!!!!!!!」


 清々しいまでの、打てば響く若者の心根の音に、深歳は大笑いした。


「あ~、楽しい! 若く、揺らぎを払いのけた皆さんに、素敵な合宿所を用意しようではありませんか! 実は、学院側から断られた時に頭に来たので、伝手つてを頼って時期も場所も決めちゃいました。

 シユニ区の『ロ=ミアラーレ』です」


 暢気のんきに放つ深歳の単語に、昂ノ介と蓮蔵が目の色を変えた。


「監督。おれの聞き違えですか。

 グランツァーク財団の、お膝元のシユニ区。しかも、彼の財団が誇る鍛錬施設の名前と同じなのですが」

「世界内外を問わず、現役の一流競技選手も出入りする、運動機能・器機の研究開発所も併設される施設ではありませんか」

「知っているとは好都合。

 皆さん、部活停止から、ロ=ミアラーレで寝食を共にしますからね。

 はい、諸々の手続きを……、送信!」


 モルヤンを代表する御曹子達が、気後れする程の合宿所先は、今この場で決定した。





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